四百拾九 敵か味方か
「おい、ちょっと待てよ」
寅さんが言う。
「この先生は、お前が京子さんを殺してこの家のどこかに埋めたと疑ってるんだな?」
「そうですよ」
おれは怒りに震えながら答えた。
「それなら、井戸はもう調べたのか?」
タツユキさんが、とんでもないことを中野に向かって聞く。
「ばぁか!」
寅さんが一喝する。そりゃそうだろと思って聞いていると、
「あそこの井戸はとっくの昔に埋め立てちまって、しばらく防火用水として使ってたんだよ。しかし、子供が落ちると危ないってんで、今じゃあコンクリートで完全に塞いでるんだ。あそこには隠せっこねえ。──天井裏は調べましたか、先生?」
「キャー、怖い!」
タツユキさんが、自分の両肩を抱くような仕草をする。
「こんな時に、二人で何をつまらないボケをかましてんのよ、バカ!」
「そうよ、今は京子さんのことをまず一番に心配すべきでしょう? 本当にバカね、アンタたちは」
美登里さんと早苗さんが、一緒になって二人をやり込める。
「い、いや……、欽之助が京子さんを殺すなんて、余りにも馬鹿らしくて。なあ、タツ」
「そ、そうなんだよ。こいつに人を殺める度胸なんて、あるわけがないからな。だから笑い飛ばしてやろうと、その、なんだ……。なあ、トラ」
二人でタジタジとなりながら、言い訳をする。
「私もそう思いますがね」
化野は、それまで例の調子で推移をじっと見守るようにしていたが、ふいにここで口を出してきた。
「この男はすぐにカッとなるし、心の中で考えていることが外から丸わかりなんでさあ。要するに人間としての器量が小さいんですな。こんな男に、人殺しをしておいて澄ました顔で通すなんて芸当はできませんぜ」
と、おれを庇っているのか、いないのか分からないような発言をする。
「えらく引っ掛かるようなもの言いだな」
タツユキさんが引き取って言う。
「あんたは以前からこの辺をうろついていた不動産屋だろう。なんか怪しいんだよな」
「ふふん」
化野は鼻でせせら笑うように言った。
「それがどうかしたっていうんですかい? 最近はとみに空き家問題で困っている人が多くてね。そのために私のような者が必要なんだ。感謝されこそすれ、妙な言いがかりをつけられるようないわれはありませんぜ」
「だが、前からどうも気に食わねえんだよな。ひょつとして、この家に魑魅魍魎どもを引き込んでいるのは、あんたじゃないのか?」
「さてね、だったらどうする?」
例によって視線は畳のほうに向けたまま、相手を挑発するように言う。
タツユキさん、当たらずとも遠からずだよ。こいつは半妖で、不動産仲介業というのは仮りの姿なんだ。本当は、あの世とこの世の仲介を行っているんだから。
こいつのおかげで、この屋敷に引き留められた挙げ句に、これまでどれだけにひどい目に遭ってきたことか……。
だが、今さらそのことを話したからって、せんないことだ。わらわんわらわの呪いはもう解けてしまったし、安太郎さんたちも無事にあの世に帰れたのだから。
「じゃあ、俺が答えてやろう。あんたは明らかに間違っている」
今度は寅さんが化野に向かって言う。
「たとえあんたがこの家を仲介したとしても、居住者の了解もなくこの家の鍵を開けたばかりか、こんな乱暴狼藉に手を貸すとはな。──駐在さんはどう考えるかい?」
「えっ?」
急に矛先を向けられたので、当人はどぎまぎしている。大物の元国会議員を前にして、だいぶかしこまっているようも見える。
「そ、そうですな。ここで殺人事件があったとしても、令状などきちんとした手続きを経たうえでないとできないはずであって、見たところ本官以外に警察官はいないし、本官もそのようなことはいっさい聞いてないことからして、これは明らかに違法捜査であって……、いや捜査ではなく……」
すかさず、駐在さんに向かって中野が言った。
「君、深見君を知ってるかい?」
「深見……さんですか?」
「うん。深見英一郎。警察庁の刑事局長だ。」
「はっ、よく存じ上げております」
途端に駐在さんは、背中をシャキンと伸ばした。
「彼を今の地位にしてあげたのは、私でね。今日のことは、彼の許可をもらってある。何なら今本人に電話するから、確認してみるかね?」
そう言って、スマホを手にする。
「あ、いえ。刑事局長のご了解をいただいているということでありますれば、わたくしごときが確認するには及びません。し、しかし……、どうも解せませんな。警察官ではなく、民間人のあなた方がこういうことをなさるのを、刑事局長ともあろう方がお認めになるとは」
駐在さんが少し頑張る。
「ことを荒立てたくなかったものでね。それに、ここの大家は私の娘だし、その娘が行方不明だということで、特別に許してもらったんだ」
中野はそう言いながら、スマホを耳に当てた。
「ああ、私だ。忙しいところを急で申し訳ないがね、実は例の件で来ているんだが、ここのおまわりさんが承知してくれなくてね。君、ちょっと話をしてくれないかね? 頼むよ」
立ち上がって歩いてくると、本当にスマホを差し出してきた。
「あっもう、け、け、け、結構です」
駐在さんは慌てて両手を前に出しながら、相手を押し戻そうとする。
「何だよ、もう少し頑張ってくれるかと期待していたのに」
寅さんはそう言うと、今度は中野に向かって言った。
「刑事局長に顔が利くんなら、特捜のほうも何とかならなかったんですか? そうすれば、あなたの秘書だってしょっぴかれなくて済んだでしょうに」
「それは無理だな。あそこはその気になりさえすれば、総理大臣だって社会的に葬り去ることができるんだからね」
この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とはいっさい関係がありません。




