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四百拾八 もういいかい? murderだよ

「そんな大事なことを、なぜ最初から言ってくれなかったんですか!」

 つい大声を出して、相手をなじった。


「じゃあ知っていると言うんだな?」


「知りませんよ! しかし、もっとほかのやり方があったんじゃないですか?」


 すると、それまでおれのスマホをチェックしていた秘書が顔を上げた。

「先生、駄目です。かなり入念に調べてみましたが、この一年以上やり取りした履歴はありません。パソコンと同じです」


「ふむ……」

 中野は、それでもまだ納得できないかのように、チラッと文机の上のノートパソコンを振り返った。それからまた、おれの顔をまざまざと見ながら言った。


「いや、驚いたよ。君がここに住んでいるということを聞いただけでも驚いたというのに……。

 もしやと思って家の中を隈なく調べたら、座敷の床下で最近掘り返したような形跡があるというではないか。これで悠長に構えていられると思うか?

 言え! 娘をどこに隠した? ここじゃまずいと思って、どこかの山中にでも埋め直したのか?」


 おれはあまりのことに、言葉を失ってしまった。顔は中野に向けたまま、目を見張っていると、階段をドンドンと上がってくる音がした。


 もう一人、秘書らしき男が入ってきた。息せき切って言う。

「先生、こんなものが……。階段の横が箪笥になっておりましてね、そこにあったんです」

 見ると、黒っぽい小さなものを手にしている。


 京子の靴下だった。あのクリスマスイブの日に、彼女が忘れていったものである。


 中野は直ぐにそれをひったくるようにして見ていたが、次の瞬間、おれに飛びかかってていた。


「貴様!」

 おれはその日、Tシャツの上に夏物のジャケットを羽織っていたのだが、そのジャケットの襟をグイグイ締め上げてくる。


 しまいに、身長が173cmのおれをそのまま持ち上げようとする。確かにおれよりかなり背は高いようだが、もう老人と言ってもいいぐらいのこの男のどこに、これだけの力があるのか?


「ほかにもあるはずだ。スマホや財布、クレカなどがな。もっとよく探してくれ!」


「承知しました」

 秘書たちが口々に返事をする。


 そんなものがあるわけがない。これ以上、京子の何がこのうちにあるというのだ──。

 そう言おうとしたが、声が出ない。


 必死に振りほどこうともがいていると、ドドドッと再び階段を上がってくる音がした。


 まだ秘書がいたというのか。あるはずのないものを見つけたとでもいうのか。


 すると、ドドドドドッとさらにけたたましい音を立てて、寅さんたちがなだれ込んできた。


 妙な光景に度肝を抜かれたのか、皆で息を呑むように押し黙っている。


 しばらくして、タツユキさんが間の抜けたようなことを言った。

「欽之助、どうして宙吊りになってるんだ?」


 その途端、中野が力を緩めたので、俺はドサリと畳の上に尻餅をついた。


「ゲホッゲホッ」

 思わず咳き込んでいたら、

「大丈夫、欽ちゃん?」

 と女たちが駆け寄ってきた。


「ほお、ここでは人気者のようだな」

 中野はそう言うと、またソファに腰を落ち着けた。

「いやあ、ハハハ……。皆さんにはお見苦しいところをお見せして申し訳なかった」


「何故、こんなことを──?」

 早苗さんが、初めて見るような怖い顔で彼に向かって言った。

「あなたは、ご立派な方だとお見受けしておりましたのに、失望しました。私はあなたこそが、世の中の詰まった所、汚れた所をきれいに掃除してくれる方だと本当に期待していたんですよ。政治でつまずいたのは仕方がないにしても、何ですか、今のあなたの振る舞いは──」


「そうだよ。訳を聞こうじゃねえか」

 タツユキさんが詰め寄ろうとしたら、寅さんが直ぐに止めた。

「待て。この人は仮にも元国会議員だ。それなりに敬意を払えよ」


「何だと、お前もたった今、目撃しただろう? こんな奴に敬意なんか払う必用があるものか」


 そう言って、頭にタオルをギリリと引き締めると、今にも中野に掴みかかろうとする。


「ちょっと待ってください、タツユキさん。おれのほうから説明しますから」

 おれも慌てて彼を引き止めた。タツユキさんは、早苗さんがたった一度中野の話を聞いただけで彼のファンになったのが面白くないのだ。


 二人の戦いは見ものだと思ったが、これ以上タツユキさんに前面に出られると話がややこしくなる。惜しいけど、やむを得ない。


 おれは一行に向かって言った。

「実は、京子さんが行方不明になったらしいんです」


「何だって?」

「まあ、どうして──」

 皆で口々に言う。


「しかも連絡さえ取れなくなって、ニ週間になるというんです。それでこの人は……、あろうことか私が彼女を殺して、この家のどこかに埋めたんじゃないかと疑ってるんです」


 そう言っているうちに、だんだん怒りがこみ上げてきた。

「父親だから感情が爆発するのは仕方がないにしても、この私が京子さんを殺しただけでなく、彼女の財布やクレカまで奪って隠したですって? いくら私が、あなたの仰るように取るに足りない人間だとしても、そんなことをするわけがない。どこまで人を愚弄すれば気が済むんだ!」

 最後のほうの言葉は、もちろん中野に向けられていた。

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とはいっさい関係がありません。

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