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四百拾五 夏草や妖かしどもが夢の跡

 すると車が立て続けに3台来た。


 キー、バタン。

 1台めは軽トラで、寅さんだった。

「おい」

 いつものように農協の帽子に、赤いツナギ姿である。


 キー、バタン。

 次も軽トラだ。誠が降りてくる。

「おい」

 こっちは、整備士の青いツナギ。


 キー、バタン。

 3台めの人間は、この狭い道をボロボロのセドリックで乗りつけてきた。

「おい」

 降りてきたのは、もちろん農作業姿の英ちゃんである。


「おい、どうしたってんだ?」

「いったい、何を始めようっていうんだ?」

「なぜ、知らせてくるなかったんだ?」

 皆で一斉におれを問い詰める。


「このあばら家をぶっ壊して、新しく立て直すんだってよ」

「そうよ。京子さんをいよいよお嫁さんにするんだって」

 タツユキさんと早苗さんが、無責任な返事をする。


「何だって?」

 直ぐに寅さんが食いついてきた。

「本当に本当なんだな? やったじゃないか、欽之助。これで俺は、いやな神職を継がずに済む。いやあ、めでたい、めでたい。ありがとう、欽之助」


 とうとうおれに飛びついてハグだけでなく、あごをスリスリしてくる。痛いし、苦しいし、押しのけようとするのに精一杯で、否定する余裕がない。


「そうなんだ。いよいよこのタワケめに旺陽女おうひめ様が輿入れなさることになった。勿体ないことじゃ、ありがたいことじゃ」

 登世とよさんがとどめを刺すようなことを言ったので、おれはあわてて首をぶんぶん振った。


「違いますよ。おれにも何のことだかさっぱり分からないんですから」

 そう言って、二階建ての屋根の高さまでそびえている白い防音パネルを見上げた。


「何だと? じゃあこれは何なんだ?」

 とタツユキさん。


「話が違うじゃないか、オフクロ」

 これは寅さん。


「違うものか。旺陽女様がこの地に降臨されることは、千年も前から決まっていることなんだから」


「いや、だってこいつに家を新築するような金があるわけがないぜ。──そうだろう、欽之助?」


 おれは、うんうんと首を縦に降る。


「そんなことは、最初はなからわかっておるわ、タワケめ」

 登世さんにかかったら、息子も他人のおれもみんなタワケである。

「この男ではない。建てるのは、京子さんのお父上の──、ほらなんと言ったかな?」


「ひょっとして、あの中野十一のことを言ってるのか?」


「そうに決まっておる」


 皆でワイワイ言っていると、今度は駐在さんが自転車をキーコ、キーコ言わせながらやってきた。


 ピーッ! 即座に警笛を鳴らす。

「なんの騒ぎですか? ここは公道ですぞ。交通妨害だから、直ちに車を移動しなさい」


「固いことは言いっこなしだ。なにしろ大事件が起きたんだから」

 寅さんが言う。


「何が大事件なんですか?」


「だって見ろよ、駐在さん」

 今度はタツユキさん。

「このの住人が何も知らねえうちに、マンションをおっ建てようっていうんだからな」


 勝手にマンションと決め付けている。しかし、確かにここの敷地ならマンションの一つぐらいは建てられそうだ。


「何にしても、こんなとこに車を何台も連ねられたんじゃ近所迷惑になりますからな。直ちに移動しなさい」


「うるさいなあ。いつまでもぐだぐだ言うなら、今度の夏祭りには呼んでやらねえぞ」


「そうだよ。ろくに交通整理もやらないで、御神酒おみきばかりかっくらってるんだから」


「何ですと? これ以上本官を侮辱するなら、即刻逮捕ですぞ」

 ピー! 顔を真っ赤にして警笛を鳴らす。


 おれは、彼らのことはほっといて、どこかに出入口はないか探すことにした。防音パネルの周りをウロウロしていると、どこからともなくのスーツ姿の男が1人現れた。


「失礼ですが、落目欽之助さんでいらっしゃいますね?」

 油断なくおれの顔を見ながら尋ねてきた。おれが頷くと、「どうぞ、ご案内します」と言う。人様の家のことを何と思っているんだろう?


 有無を言わさぬその物腰は、例の記者会見の際に居た秘書に似ていた。


「さあ、こちらへ」

 男は、ある箇所を開けて言った。そこは、もと四つ目垣のあった辺りである。


 中に入ると、寅さんたちが続こうとする。男がすぐに制止した。

「申し訳ありませんが、関係者以外立入禁止とさせていただいておりますので」


「俺たちは関係者だよ」

「そうだよ、親戚みたいなもんだから。場合によっては、養子縁組もありうるし」

「俺たちだって友だちなんだから」


 皆が口々に言うのを、男はぴしゃりと押しとどめた。

不可いけません。それ以上中に入ると、住居不法侵入で訴えますよ。外におまわりさんもいることだし、まあ、おとなしくすることですね」


「何だと、こいつ」

「そうだよ、言い方ってもんがあるだろう」


 彼らが騒ぐのを背に、おれは中の様子を見るや、ただもう息を呑んでいた。


 まず目に飛び込んできたのは、2台のユンボだった。1台は敷地の南側から座敷の中までアームを伸ばし、ガラガラと派手な音を立てている。


 間にあったはずの縁側は取り壊され、剥がされた板はそのへんに立てかけられていた。


 玄関から雨戸まで全て開け放しているので、家の中まで丸見えだ。どうやら、座敷の床下を掘り起こしているようである。


 そしてもう1台は、庭の一角いっかくを掘り起こしていた。


 おれは、タツユキさんや寅さんたちに農作業を手伝わせられるようになってからは、庭の草取りもちゃんとするようになっていた。


 しかし、夏だから取ったそばから次々と生えてくる。家といい、庭といい、雑草が生い茂っている様と相まって、実にすさんだ状況である。


 この屋敷は遺産相続をめぐって取り壊そうとしても、重機が壊れたり、怪我人が出たりで、とうとうお化け屋敷のままこの辺の住人に恐れられてきたはずである。


 それがいったい今日はどうしたことだろうと、おれは大いにいぶしんだのだった。



この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とはいっさい関係がありません。

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