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四百拾参 チョウヤッカイとチョウナンカイの秘密

 すると、それまで中野の背中に隠れるようにしていたチョウヤッカイがまた顔を覗かせた。

「ひ・と・ご・ろ・し」

 耳元で一語一語囁くように言う。


 中野はその瞬間、表情を曇らせた。

「人殺し……?」

 そう呟くと、少し呆然としていたが、すぐに取り繕うように言った。


「あ、いや済まない。さっきからこの言葉が頭を去らなくてね。うむ……、つ、つまりこういうことなんだ。権力者というものは、その立場が、たとえ選挙で民主的に与えられたものであろうと、場合によっては人殺しをしてもいいというお墨付きを憲法によって与えられている──。それも、一人や二人どころではない。何千人、何万人という単位での殺人だ。だからだよ。だからこそ、権力というものは、憲法でしっかりと縛りを設けないと不可いけないんだ」


「俺はそんなことを言ってるんじゃない」

 背中のチョウヤッカイが言った。


「えっ?」

 中野が、際どい顔で振り向く。


「お前が俺を殺したのは、今からちょうど十年前だね?」


 中野は、しばし考えるように瞬きをしていたが、やがて表情を凍りつかせた。


「先生、どうかなさいましたか?」

 さすがに司会者が気づいて尋ねる。


「いや、何でもない」

 中野はそう言うと、少しふらつきながら立ち上がった。

「唐突で申し訳ないが、今日はここまでとする。政党を飛び出したうえで、また新たな政党を立ち上げようとするのは、思った以上にエネルギーを消耗するんでね。身体は頑健にできているはずなんだが、思いがけなくもメンタルの弱さを露呈させてしまったようだ。ハハハ……。なに、この埋め合わせはきっとするから。今後も節目節目で、皆さんに対して丁寧な説明を心掛けていくつもりだ。いや、丁寧な説明と言うと何だか流行はやり言葉のようで嘘っぽく聞こえるが、決して口先ばかりで言うのではない。この私が言うんだから、乞うご期待だ」

 最後にそう言うと、本当に会見を打ち切ってしまった。


 すかさず、記者たちの間から口々に不満の声が漏れたが、当の相手がさっさといなくなってしまったので、どうしようもない。チョウヤッカイとチョウナンカイも、いつの間にか姿を消していた。




 この記者会見の一部始終を、おれはユーチューブの『妖怪チャンネル』で視聴したのであった。


 もちろん、テレビニュースなどでも報じられはしたが、ほんの一部に過ぎなかった。それを見たおれは当然物足りなさを感じたし、何と言っても、因縁浅からぬ人間のことである。もう少し彼のことを知ってみたいと思った。


 それに昔からよく言われることだが、報道というものは事実の一部を人々に伝えるだけである。事実の断片と断片をつなぎ合わせて報道するだけだと、全く別の物語ができてしまうことがある。


 ユーチューブでは全てが見られるということだったので、おれは直ぐにパソコンを立ち上げたのである。すると偶然にも、この『妖怪チャンネル』がヒットしたのであった。


 『妖怪チャンネル』は、例のバスガールがおれに腹を立てていた時に、黙って見ていたテレビのチャンネルでもあった。ユーチューブにもあるのが分かって、勇んでクリックしたのである。


 人間の世界と妖怪の世界は、パラレルに存在している。それがふとしたはずみで、妖怪の世界との間にチャンネルが通じ、人間はそこに踏み迷ってしまう。あるいは、その逆のことも。


 大事なことは、そこで見たこと、感じたことを、人間のほうで単なる怪異として片付けてしまっては不可いけないということだ。


 妖怪の側から見たら、人間のふるまいのほうがよほど馬鹿げているかもしれないし、恐ろしいかもしれないのだから。


 それにしても、チョウヤッカイは中野十一に何を言いたかったのだろう。 


 それに、チョウナンカイの顔が京子に似ていたことも気になる。彼女の着ていた丈の短い振袖。水色の地に何かの鳥の絵が描かれているようにも見えたが、あれはひょっとして……?



 さて、中野の行動は政界に激震をもたらした。慈民党から一気に88人の人間が抜けたのも大きかったし、さらに与党の幸民党からも同調する者があるとのことだった。


 もちろん、それだけではない。本来は、与党に対抗しうる新しい野党の塊を作るために、その準備段階として『国政改革推進同盟』なるものを作ったので、果たしてどれだけの政党が実際に参加するのかということが、政界の大きな関心事になったのである。


 実際に蓋を開けてみると、民民党と憂民党がこれに加わった。中野があれほど排除の論理は取らないと強調していたにもかかわらず、国民自立党と敬国律民党が加わることはなかった。この両党は、やはり国家観、憲法観が慈民党に近いということもあったし、前々から与党に入りたいがために慈民党に擦り寄ったりしていたので、予想されたことではあった。

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係がありません。

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