四百拾 てのどん、また歌う
チョウヤッカイは、椅子に座っている中野の首にすがりついたまま、おぶさるように体重を預けている。
「やれやれ、重い話ばかりしてたら何だか身体まで重いような感じがしてきた」
中野が苦笑いをしながらつぶやく。
「いやそれよりも、珍しく長いこと喋ったものだから、さすがに疲れが出たんだろうね。ここらで休憩を兼ねて、皆さんからの質問を受け付けることとしよう」
そう言って、コップの水を一口飲んだ。
すると、一人の女性記者が手を挙げて立ち上がろうとする。
「あっ、そのまま、そのまま」
司会者が言う。
「さっきも先生が言ってくれたんですから、どうぞ座ったままで結構です。うちの先生は、顔に似合わず優しいんですから」
「声もいいし、歌だって上手だよ。サンター・ルーチーアー、私の小舟にお乗りください……。サンター・ルーシーファー……。ふふふ、必要とあらば、悪魔にだってなってやるさ。なにしろルサンチマンなんだからな、私は」
中野は不敵に笑いながら言った。
チョウナンカイはそれまで入口近くでキョロキョロしていたが、ようやく弟のチョウヤッカイを見つけると、小走りで二人の近くまで来た。両腕を組み仁王立ちをすると、怖い顔で弟と中野を代わる代わる睨んでいる。何となく、京子の怒った顔に似ている。膝丈までしかない振袖は、水色の地に何かの鳥が描かれているようである。
マイクを渡された女性記者は、いったん立ち上がって言った。
「テレビやまとの河原志奈子と申します。実は、お京とは親友でして」
「おきょう……?」
中野が不審そうな顔をする。
「あっ、失礼しました。お嬢さんの京子さんとは、高校時代から親しくお付き合いさせていただいております。一度お宅にも伺った際に、たまたま先生もいらしてお声をかけていただいたことがあったんですよ」
「ほお、そういうことがあったかな? あいつは大学の研究だか何だか知らないが、あちこちほっつき歩いては、しょっちゅう行方不明になっているよ。不肖の娘だが、あなたのような友だちがいるのは心強い。さて、そのお友だちから私にどんな質問があるんだろう?」
「それでは遠慮なく座らせていただきます」
河原志奈子は、いったんそう断ると、話を切り出した。
「京子さんからは、くれぐれも手加減はしないようにと申しつかっておりますので、あえて言わせていただきます。小舟で漕ぎ出したのはいいですが、誰でも彼でも乗っけて大丈夫ですか? 泥舟で沈んでしまうことのないように願いたいものです」
「ハハハ……。こいつは手厳しい。さすがは、京子の友だちというだけある。ふむ、それで?」
「それでは、私から四つほど質問をさせていただきます。まず一つ目ですが、先生は今度の選挙でLGBTQの人たちも積極的に擁立したいとおっしゃいましたが、単に世の中に迎合しようとなさっているだけではないですか? だつて、いい宣伝になりますものね。でも、肝心な彼らのことは置いてきぼりにしてません? 本人たちだってそんな呼称でひとくくりにされるのは、しっくりこないかもしれないし、中には選挙の道具にされるようで不快に思う人もあるかもしれませんよ。
二つ目。外国人労働者についてです。日本の企業が外国に工場を誘致するだけでなく、国内でも低賃金の外国人を雇う例が多くなっている。そのことによって、会社は栄えるかもしれないけれども、国は滅びてしまうようなことを仰っいました。外国人の排斥、あるいはヘイトにつながりませんか?
三つ目、先ほどは核ミサイルのことばかりに話が集中しておりましたが、原発をお忘れでは? 核なんか搭載されていなくたって、ただ単にミサイルを撃ち込まれただけでも大変なことになりますよ。それに、核のゴミはどうしたらいいのでしょうか。未だ処分の目処さえ立っていないというのに、これからも日本は、原発に依存していかなければならないのでしょうか?
四つ目。9条の問題、原発の問題だけでも意見が真っ向から対立するというのに、何をもって野党をまとめることができますか? 慈民党は何故ぶっ壊れないのか? 先ほどどなたかが仰ったように盤石な地方組織に支えられているということもあるかもしれませんが、もう一つは終身雇用、年功序列という日本型雇用の体質が、まだ慈民党に生き残っているからですよ。
あれほど新自由主義を推進しながら、自分たちは国会議員という地位を失いたくないものだから、トップには決して逆らいません。じっと待ってさえいれば、そのうち大臣の椅子も転がり込んできますものね。だからこそ、考えがバラバラでも一緒に固まっていられるのではないでしょうか。初めから出身母体が異なるばかりか、主義、主張の異なる人たちが一緒になって、本当に政権交代を可能とするような強大な野党が作れるものでしょうか? 実はこれが、私の一番聞きたいことです。これで私の質問は終わらせていただきます」
この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係がありません。




