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四百六 生きろ!

 ここで中野はいったん顔を上げると、会場を見回した。あちこちでフラッシュが焚かれる。


「私自身は、9条は改正すべきだと考えている。現状のままでも、今さら自衛隊のことを違憲だと考える人はまずいないだろうが、これまでのように解釈で済ませたり、恣意的に運用するようなことは、厳に避けるべきだ。憲法を尊重するためにもね。

 では、どのように変えるべきか。これは現時点における私個人の考えに過ぎないが、あくまでも急迫不正の侵害に備えて必要最小限の戦力を保持するとともに、かつこれを行使することも可能にするような条文に改めるべきだと考えている。だとしたときに、必要最小限とはどの範囲内を言うのか。それもしっかり明記しておくべきだと思う。


 ここで、例のトロッコ問題ではないが『中立』という言葉が関係してくる。昔は私も、太宰治の言う『小さくても美しい、平和な独立国』を夢想したことがあった。たとえ経済大国ではなくても、国民一人ひとりが幸せを感じながら、かつ平穏に暮らせるような国をね。そのために、スイスのような永世中立国になれないだろうかと思ったんだ。アメリカにも、どこの国にも組みすることなく、独立自尊を貫くような国家をね。だが、現実はそんな生易しいものではないようだ。


 スイスの国防戦略は、全体的に実に良くできていてね、どこかが攻めていこうにも、アルプス山脈などの峻険な山々が立ち塞がっているし、他の場所から侵入しようとするものなら、橋や道路を爆破して封鎖してしまう。たとえ核戦争になったとしても、8百万人の国民全員を収容できるだけの核シェルターを備えているんだからな。日本の国土、人口でそれが現実的に可能だろうか? いつか専門家に聞いてみたいものだ。


 それはさておき、日本は島国で四方を海に囲まれている。昔のように風任せ、波任せの時代なら、天然の要塞たり得ただろう。あの元寇の時でさえ向こうさんは退散したぐらいだからな。しかし、今は原子力空母、原子力潜水艦の時代だからね。橋や道路を爆破して封鎖するというわけにはいかない。外国がその気になれば、海のどこからでも攻め込まれてしまう。そうなったら、いよいよ皆で銃を手にして戦うしかない。それこそ一億玉砕だ。


 だが、日本人全員にその覚悟はあるだろうか? そういう気概を持てと憲法で強制するというのか? 仮にそうしたとしても、圧倒的な重火器でもって、あっという間に一網打尽だ。降伏をしないのなら皆殺しされるか、それとも自決するか海に飛び込むしかない。そうなったら一億玉砕だ。地球から日本人が皆いなくなってしまう。たとえ世界中に日本人が散らばっていたとしても、日本という国がなくなれば、日本人がいないことと同じじゃないか。それは誰だって厭だろうし、私だって厭だ。何としても生きたい、外国に逃げてでも、降伏してでも生き延びたいという思う人だってあるだろう。それを非難する権利なんて、誰にもないはずだ。私なら最後の一人になっても戦うが、それ他者にまで強制するような厚かましさは、自分にはない。国民皆兵をもとに中立を保つというのは、決して口で言うほど簡単なものではないと思う。だから、地上戦だけは何としても避けなければならない。国内に攻め込まれる前に、そうさせないような防衛体制の整備、抑止力としての戦力を保持することはどうしても必要だ。


 したがって、9条はやはり改正すべきだと思っている。解釈の仕方でどのようにでもできるんだというようなことを、いつまでも続けてはいけない。急迫不正の侵害にさらされたときに、必要最小限の武力は行使するということは、しっかり明記しなければならない。では、その必要最小限の武力とはどの範囲までを言うのか? 専守防衛に徹するのか。国連軍に参加するのか。それとも、国連の安全保障理事会は機能しないから、同盟国との集団的自衛権を行使するのか。さらには、敵基地攻撃能力はどう位置付けるのか──。最低限これらのことは、政府の恣意的な解釈に委ねられることのないよう、しっかり書き込まねばならないだろう。


 だったら、悠長なことを言ってないで、直ぐにでもやれと、君たちは言うかもしれない。トロッコ問題ではないが、5千人の命と50万人の命といったいどっちが大事なんだと。或いは、妖怪財怪人は言うかもしれない。日本は共産主義国家ではないんだから、怠け者の5千人のことは放っといて、経済のことを優先しろと。しかし、経済というのは本来、経国済民のことを言うのであって、会社が儲かりさえすればいいというものではないだろう」

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とはいっさい関係がありません。

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