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四百弐 最凶妖怪、財怪人

 ところが、中野のほうも質問者に負けじとばかりに、すでに演壇の前に立っていた。


「これはこれは、大変な難題を吹っかけられたものだ。もう昔の話だが、私を取材するために3日間も喫茶店で粘っただけのことはある。それに、ずいぶん図太くもなったじゃないか。感心、感心。しかし君は、心とは裏腹のことを言っているようだね。背中に取り憑いたおんぶお化けのせいなのかな?


 さて、トロッコ問題だか何だか知らないが、その前に君は、財界人のことを言ってたね。中には私のことをアカだと非難しているやからもいるそうじゃないか。他人のことをそんなふうに単純にカテゴライズしたうえで一面的にしか見ようとしない人間というのは、本人は幸せかもしれないが、周りにとってはこれほど始末に負えないものはない。


 まあ、そういう人間ばかりが集まっているせいなんだろうね。日経連は、傲慢にも労働者を3つに分類したんだ。長期蓄積能力……何とか、高度専門知識……何とか。そしてもう一つ何だったっけ? そうそう、雇用柔軟型だ。つまり企業の側の一方的な都合で柔軟に雇ったり、雇わなかったりできるという、有り難い労働者のグループというわけだ。お蔭で非正規労働者がどんどん増えていって、君の言うとおり今や労働者の4割を占めている。


 彼らがどういう境遇にあるのかというと、過酷な労働条件のもとで必死に働いているというのに、賃金は僅かで家賃さえもまともに払えない。そのうち身も心もボロボロになって、自ら仕事を辞めざるをえなくなる。もしくは、ある日突然向こうからクビを通告される。最後には持ち金も底を突き、住む家も追われてしまう。こうしてやむなくネットカフェに泊まったり、路上生活をしたりする羽目に陥るんだ。


 ハローワークに通っても、すぐに次の仕事先が見つかるわけではない。とうとう食べ物にさえ事欠く始末。生活保護を申請しても、なかなか認めてもらえない。いや、申請さえさせてくれないケースもあるという。ところで、そうなってしまったのは彼らが怠け者のせいなのか? しかし、彼らはそれまでも真面目に働いていたし、これからも働きたいという意欲を持っているんだぞ。生活保護を申請するのは、働かずに楽をして生きたいからではなく、次の仕事が見つかるまでに生きさせてもらいたいからなんだ。


 そんな人たちのことを怠け者だと? それなら、自分はどれだけヒーヒー言いながら働いていると言うんだ。広くて快適なオフィスに、ばかでかい机。ソファと言っていいほど厚みのある椅子。そこで日がな1日、ただペーパーを眺めたり、はんこを押したり、或いは人に指示をしたりしているだけではないか。ほかにはせいぜい社内で会議をしたり、どっかの高級料理店に出かけては財界人同士、或いは政府の要人と会食したりしてるだけなんだろう。あとはせいぜいゴルフをして過ごすのかな? 彼らにとっては、それもまた尊い仕事のうちの1つなんだ。そんなんで人の十倍も百倍も収入を得ているんだから、大したご身分だよ。ご身分どころかゴミだな。


 一方非正規労働者はというと、四六時中管理監督された中で、朝から晩まで単純労働、或いは肉対労働を強いられている。それでも必死で働いているんだぞ。そんな彼らのことを怠け者だなんてよく言えるものだ。どんな頭の構造をしているんだろうね。さっきの記者さんではないが、才能もなければ努力もしてこなかったんだから当然だ、とでも思っているのかな? しかし、才能というのは努力で培われるものなのに、その努力する機会さえ奪われている人たちはどうすればいいのだろう。


 財界人は言うだろうね。自分は学生時代に必死で勉強して、高度な専門的知識、技術を有しているから、特権的な身分が与えられて当然だと。しかし、親が貧乏で学校に行かせてもらえなかった人たちはどうすればいいのだろう。私もそうだった。世の中を怨み、反抗し、ひたすら喧嘩にばかり明け暮れていた。将来のことなんて考えられなかった。だが、そんな私をある人が拾ってくれた。チャンスが与えられたんだ。それから私は必死で働いたし、独学で勉強もした。そうやって学んだことは、一日中狭い教室に閉じ込められて学んだことよりも、はるかに豊富だったし、有意義だった。人は働きながらも十分学べるし、向上もできるんだ。最後の死ぬ瞬間までね。


 しかし、非正規労働者は生きるのに精一杯でそんな余裕はないのが現状だ。彼らが本来持っている力を発揮し、世の中に還元できないというのは、日本にとって大きな損失だと思わないかい? だからこそ、これらの現状を何とか改善しなければいけないんだ。残念なことに、私がこんなことを言うと、アカ呼ばわりだからね。


 奴らの頭の中には、会社が儲かることしかない。日本の世の中のことなんてどうでもいいんだよ。

 ──そのうち戦争でもおっぱじまらないかな? そうすれば兵器や兵器関連部品を世界中で売り捌いて、これまたガッポガッポ儲かってやるのに──なんて舌舐めずりして待ってるんじゃないのか? だが、日本が本当に戦争に巻き込まれでもしたら、予算の大部分がそっちに投入されてしまう。そうなったら太平洋戦争末期の日本みたいになる。統制経済だよ。財界人のお好きな共産主義国家のようになってしまうわけだ。財界人だけでなく、日本人の多くが果たしてそれを望んでいるのだろうか?」

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