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参百九拾九 てのどん、ルサンチマンとなる

「自虐史観か……」

 中野は、溜め息をつくようにつぶやく。

「広島、長崎では、原爆で20万人が死んだ。原爆以外にも、東京を中心に無差別爆撃で30万人。そして沖縄戦では、20万人が死んだ。日本国内まで侵入してきて、これだけの日本人を死に至らしめたというのは、歴史上アメリカだけだ。こともあろうに、我々はそのアメリカから、民主主義と平和憲法を授かったわけだ。


 しかも厄介なのは、君の言う9条だ。なにしろ、自衛のための最低限の戦力さえ、保持できなくなったんだからね。私はそのことを一方では有難がっているともに、また一方では怨んでいる。いや、憎んでいるとさえ言っていいだろう。君の言うルサンチマンってやつかな?


 ところが朝鮮戦争が始まると、今度はそのアメリカの指示で警察予備隊、今の自衛隊を持たされることになった。実力組織とは言うが、紛れもなく戦力を持った軍隊だからね。なおかつ、被爆国であるはずの日本が、その原爆を落としたアメリカの核の傘の下で、安全が保証されるということになったわけだ。基地を提供する見返りにね。これらのことを自虐的と言わず、何と言えばいいんだろう。


 しかし、私は何も、アメリカと離反すべきだの、ましてやアメリカに仇討ちすべきだのいうようなことは思っちゃあいない。ククク……核を持たない国が、核大国のアメリカに歯向かうなんて、そんなことが初めからできるわけがないしね。むしろ、同じ民主主義国家として仲良くしていくべきだと思っている。いやあ、実に自虐的じゃないか。

 ところが、今やそんな簡単なことだけではすまなくなった。今度は自衛隊を海外に派遣しろときた。それどころかアメリカは、集団的自衛権を行使できるように憲法を改正しろとまで、露骨に要求してきている。


 やれやれ、アメリカ、アメリカ、アメリカ! えらい何度もアメリカを繰り返したものだ。何しろ日本は従属国、もとい、同盟国だからね。同じ価値観を共有する同盟国として、世界の平和と発展に日本も貢献しなさい、応分の負担をしなさい、血も流しなさいというわけだ。なんのことはない。アメリカの世界戦略にただ巻き込まれているだけなんだ。しかし、現実問題として、これを無下に跳ね返すことができないところが、日本の辛いところだな。


 ところで君たちは、先程私をひどく非難した。空想的だの、似非えせリベラリストだの……。だが生憎あいにくと、私は自分のことを超現実主義者だと思っているんでね。何しろ私はてのどん、いや妖怪なんだから。戦後間もない頃に生まれ、ひどい飢えも経験したし、差別も体験した。人の心は美しくもあるが、醜くもある。人は強く賢いが、一方では弱く愚かでもある。だから私は、人のことをさほど信用もしていなければ、世の中を楽観視もしていない。


 世界も同じだ。日本国憲法──、これはGHQ草案を翻訳しただけの下手な文章だと言う人もあるようだが、学のない私には、格調の高い、いい文章だとしか思えないんだがね。だが世界も諸国民も、決してその前文にあるように、美しく平和的に動いてきてはいない。だから日本も綺麗事ばかりは言ってられない。世界の現実を冷徹に直視しながら、慎重に、かつしぶとく対処していかなければならないんだ。しかし……亅


 先程の記者が、それを遮るように質問に立った。

「だったら──」

 声も身体も震えているようだった。

「だったら与党も野党も、いつまでも四の五の言ってるんじゃないですよ。戦争に向けて一気に突っ走ればいいじゃないですか。解釈改憲だとか、法律だけでお茶を濁してないで、憲法そのものをしっかり改正すべきです。それに敵基地攻撃能力なんて、手ぬるい。ネット上では、日本なんて世界地図から一瞬で消してやるなんて、のたまう輩もいるんですからね。だって、外国は実際にそれだけの核弾頭を保有しているんでしょう?    

 それに、いつまでもアメリカの言いなりになるのが嫌なら、日本も相互確証破壊、MAD体制の一翼を担えるように核を保有すればいいんだ。ハハハ……、みんな狂っているんですよ。きっとあなたも、ここにいる我々も。そして世界中がね」

この作品はフィクションであり、実在する人物、団体とは、いっさい関係がありません。

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