参百九拾 酔ってそうろう
「おい、君」
それまでアカオトシの相手をしていたラポール鳥居が、今度はこちらに話しかけてきた。
「大切なことは、共感なんだよ」
「はい、そこまで」
おれはすかさずそう言ってやった。
「ずるいじゃないか、アカオトシさんをこんなになるまで飲ませといて、そういう自分はそんな涼しい顔をしているんだからな。それに、そっから先は聞き飽きたから、もういいよ」
ところが、向こうは平気で続ける。
「共感するのに、言葉は要らない。ただ一緒にいて、相手の気持ちを理解するだけでいいんだ。もし理解できないなら、ああこの人はそう感じるんだなと、とりあえず受け止めてやるだけでいい。簡単なことだろう?」
「ハイハイ。ご高説、承りました」
態度悪いなあ、おれって。だいぶ酔ったのかな?
向こうはため息をつくように言う。
「やれやれ。最後まで駄目な奴だなあ、君は──。僕の股の下をくぐりさえすれば、虹の彼方にまで行けるというのにさ」
「そこは、この世なんだろうか?」
「パラダーイス。天国に決まってるじゃないか」
高男はそう言うと、唐突に立ち上がった。
「ヘーイ、レディアンドジェントルマン」
頭が天井につかえるので、腰を曲げるようにして皆を見回す。
何事かと思っていたら、朱い鳥居のような形をした二本の脚を揺らしながら、変なステップを踏み始めた。
「タンタタタッタ、ダンスターイム。リンボーダンスの時間だ。ご覧のとおり、僕の脚は長〜いから、実に簡単だよ。さあみんな、潜りおろう、くぐりおろう」
女たちはチラッと振り返ってはみたものの、すぐにつまらなさそうな顔をして、また井戸端会議に戻った。
「あれあれあれ〜、みんなたち、一体どうしちゃたのお? 楽しいよお」
今度は三爺、いや四爺の所までヒョロヒョロと首を伸ばしていく。
ラポール鳥居は、今では西洋の血のほうが濃くはなっているが、実は見越し入道の子孫でもあったのだった。
「ねえねえ、お爺さんたち。やってみない?」
そう呼びかけると、モンジ老さんがその気になったようだ。
「どれ、一つやってみようかのお」
そう言って立ち上がる。枕さんと夢酔仙人も続こうとする。
すると、狸婦人がピシャリと言った。
「およしよ。あんたたちがやると、貧乏ダンスになるから」
「ひゃあ、こいつは参ったわい」
モンジ老さんは、叺の中にさっと首を引っ込める。枕さんと夢酔仙人も、すごすごと元の席に戻る。
「あれあれあれえ、お爺さんたちもだらしないなあ、女に言われたぐらいで」
「なんだって?」
女妖怪たちが一斉に振り返る。
「おお、恐っ」
高男はヒュルヒュルっといったん首を縮めると、今度は子供妖怪のほうへヒョロヒョロと伸ばしていく。
「ねえねえ、子供たち。リンボーダンスだよ。遊ぼうよお。楽しいよお」
しかし、子供妖怪たちはトランプに夢中で、振り向きもしない。
「アララ〜」
性懲りもなく、女妖怪たちの所へヒョロヒョロヒョロ〜。
「御婦人方、いかがですか?」
すると、女たちから口々に声が上がる。
「何だよ、御婦人方だなんて。気持ちの悪い」
「国会議員の先生方が言いそうだね」
「すっ込んどきな、パシッ」
誰かがそう言って、その首を叩いた。すると高男は、あん、そこ、と言った。えっ?
「何だね、バカ!」
また、パシッ。
「あん、もっとぶって」
「面白い。パシッ」
「あん」
叩かれるたびに、その長い首を大きく揺らしている。
おいおい、お前もか? お前も突然、崖から落ちるように酔ってしまうタイプなのか?
すると、今まで黙然とグラスを傾けていたムネウツロが、口を開いた。
「だいたい君はふざけてるよ。小説というものを甘く見てるんだな。いつまでもあんなものを書いてちゃ駄目なんだよ」
やれやれ、またそうきたか。しかし、おれはお前の撃退法を知っている。いざとなったら、すぐにでも講じてやるさ。
知らん顔をして聞いていると、ムネウツロは続けた。
「いいか、小説というものはだな、やはり共感だよ。社会には、もがき苦しんでいる人たちがたくさん居る。その人たちの苦しみを一身に浴びて、自分ももがき苦しみながら書いていくべきなんだ。こう、胸を掻きむしりながらね」
そう言って、ポッカリ穴のあいた自分の胸のあたりを、本当に掻きむしるような仕草をする。




