参百八拾七 欽之助、幼馴染にも見放される
それから、さらに重ねて言った。
「忘れたのか? 俺たち妖怪は、つい先日もハロウィンで子供たちを楽しませてやったばかりなんだ。今夜のクリスマスイブぐらいは、固いことなしといこうぜ」
だが、おれは人間だ。ということは、この場でこいつの四戒とやらが適用されるのは、おれだけということなのか? そんな殺生な。もうだいぶ飲んじまってるし。
いやまてよ、飲酒は省略ってことだった。おれは残りの四戒を、念の為一つ一つ点検してみることとした。
モンジ老さんとラポール鳥居の言に従うと、殺生と偸盗の罪はすでに犯していることになる。では、妄語は?
これもモンジ老さんに言わせれば、おれは、変な文字ばかりネット上に書き連ねているということだから、やはり該当する。
最後の一つ、邪淫は? 邪淫っていうのは、文字どおりよこしまで、みだらってことなんだろう?
おれは若くて健康な男子だ。Hなことぐらい考えることはある。考えることはしょうがない、とお釈迦様は言う。それを心に長くとどめるのが良くないと。でも、長いってどれぐらい? いや、長く心にとどめるだけじゃない。おれは若くて健康な男子だ。とどめるだけじゃなく、更に妄想にまで発展させてしまうんだから……。
よこしまとは正しくないことだ。相手のことより自分のことを考えることだ。京子はおれのことを、あなたは正しい人だと言って責めた。おれは彼女に対してよこしまではなかっただろうか。だからこそ、あと一歩を踏み出せないのではないか……?
「ほーら、やっぱり」
という声が聞こえた。アカオトシだった。
「さっきこそ、言って聞かせたばかりじゃないですか。旦那は、初めからありもしない垢を、まだないか、まだないかと思いながら落とそうとしているんですよ。それが微妙に相手にも伝わるんですってば。分からないんですか? だから、相手の方も、つい怖気づいちまうんでさあ。何も尻込みするのはあんたばかりじゃない」
「だから言ってるじゃないか。大切なことは共感なんだって」
今度はラポール鳥居だった。
「共感とは心が通じることでもある。あの時、君たちは確かに思いが通じ合っていた。それなのに何故、もう一歩、踏み出さなかったんだ。さあ、今からでも遅くない。僕の股の下をくぐるんだ」
そろいもそろって、人の一番痛い所を――。これじゃあ、かさぶたを剥いで、さらに塩を塗り込むようなものじゃないか。
おれは自嘲気味に言った。
「おれはどうにも仕方のない、超厄介な人間なんです。四戒、五戒どころか、超八戒ですよ。ブーブー」
酔いが回ったのか、今度はやけくそ気味に赤紫に向かって言った。
「こうなったら十戒だろうが百戒だろうが、何だって犯してやる。さあ、お前の毒でおれを殺すがいい」
すると、幼馴染の豆腐小僧が言った。
「欽之助、コンニャクの花言葉を知ってるかい?」
「コンニャクの花だって? そんなもの知るか」
「じゃあ、教えてやるよ。柔軟だ」
豆腐小僧は答えた。
「本当に仕方のない奴だ」
今度は別の声がした。石児童だった。いつのまにかおれの背中から降りている。
「お前みたいなのは毒どころか、矢でも鉄砲でも死なないさ。いっそのこと、コンニャクの角にでも頭をぶつけて死んぢまえよ。さあみんな、こんな奴のことはほっといて、向こうで遊ぼうぜ」
石児童はそう言うと、豆腐小僧、赤紫、てのどんを引き連れて隣の部屋へ移動した。そこに座り込むと、ランドセルからトランプを出している。
ふん、おれは石頭なんだ。あんなプニュプニュで死ぬもんか。そう言えば、モンジ老さんは――?
見ると、相変わらず袋叩きに遭っている。急いで止めに入った。
「あのー、その辺で勘弁してもらえませんか」
「ならぬ」
傘骨女はきっとなって言った。
「こいつは私の仕事を奪ったんだよ。この怨み晴らさでおくべきか」
「でも、この人だってそのことで傷ついてるんですよ」
おれはあくまでも丁寧に接する。
「何がだい?」
「だって、仮想通貨なんかで騙されて、一文無しになってしまったんですよ。可哀想じゃないですか」
「ふん。そう言えばあんた、愛人に島を一つ買ってあげたんだろう? それでまた再起を図ることだってできたんじゃないのかい?」
すると、モンジ老さんはまた亀みたいに叺から首と手足をぴょこぴょこッと出して言った。
「わしもそう思って、女に頼みに行ったわい。しかし、けんもほろろに追い返されてしもうた。まさに、金の切れ目が縁の切れ目。もう金も女もこりごりじゃわい。金輪際、手なんか出すものか」




