参百八拾四 よんかいせい、危険な問いを封じられる
すると、座敷のほうから悲鳴のようなものが上がった。慌ててそこに走っていくと、皆が身をすくませるようにして、赤紫を見ている。
「デ、デビルタンだ!」
ラポール鳥居が真っ青な顔をして叫んだ。
「何が、デビルたんだよ。そんな可愛い奴なもんか。うーたんやノンタンじゃあるまいし」
水かけ女が言う。
「そうだよ。こいつはね、ごかいせいと言って凶悪な妖怪なんだ」
狸婦人も言う。
「西洋じゃ、デビルタンと言うんです。悪魔の舌と呼ばれて、やはり恐れられています」
とラポール鳥居。
「そんな舌なんか、切っちまうよ」
と狸婦人。
「ふ……。お前たちは誤解をしているな」
赤紫が馬鹿にするように言う。
「煩悩にまみれているから、そんな誤解をするんだろう。俺はごかいせいではなく、よんかいせいなんだ」
「どう違うんだよ」
と狸婦人。
「殺生・偸盗・邪淫・妄語・飲酒のうち、飲酒は構わない。だから四戒で済む」
「どっちにしたって有難くはないね。ここはお門違いだよ。早くどっかに行っておしまい」
と水かけ女。
「そうだよ」
と狸婦人も加勢をする。
「第一、十戒だか五戒だか四戒だか何だか知らないがね、勝手にそんなものを定めて、私たちを試すなんて理不尽じゃないか」
「そうじゃ、そうじゃ」
と今度はモンジ老さん。
「酒を飲めば、肴が要る。だったら肉も魚も食べるわい。それだけでもう、不殺生戒を犯したことになるじゃないか」
彼は昔、「食は文字さえあれば足りる。しかも、世界に決して尽きることがない」と誇らしそうに語っていたが、その矜持はもう捨ててしまったのだろうか。
「酒を飲めば、つい話も大袈裟になって妄語を吐くことだってあるわい」
モンジ老さんがおれのほうを睨むようにしながら言う。不可い。ついまた、念が漏れたかな?
「そう言えば、この家の主人も、Hなことを妄想することがあるぞ。それは、邪淫にあたらないのかな? いかにもお人好しそうに見えて油断がならぬわい。それは、嘘をついていることになるから、不妄語戒を犯していることにもなるんじゃないのか?」
とんだ所から火の粉が飛んできたものだ。
「それに皆さん」
ラポール鳥居が言う。
おいおい、それにって、何だよ。おれに追い打ちを掛けようとでもいうのか?
高男は首をひょろひょろと伸ばすと、座卓の上を見回すようにしながら言った。
「ここにあるご馳走には、富める国が貧しい国から搾取したものが食材として使われているかもしれませんよ。それって、偸盗の罪に当たりませんか?」
皆の視線が自分に集まっていることに気付いたよんかいせいは、その赤紫色の長い顔を心持ち赤くして言った。
「今夜はクリスマスイブだ。この前こそハロウィンで子供たちを楽しませてやったばかりだし、今夜は俺たちが楽しむ番としようじやないか」
もう、「したいか?」などとと問う気はすっかりなくしたらしい。おれは、ほっと溜息をつくと言った。
「皆さん、この人たちは……(うーん、何て呼べばいいんだろう)、とにかくこのお二人は差し入れを持ってきてくれたんですよ。豆腐と刺身コンニャクです。いくらでも出してくれるそうです。仲間に入れてもらえないですか?亅
するとアカオトシが言った。
「それなら大歓迎ってもんだ。さあさあ、お二方とも構わないから、何処でも好きな所にお座んなさい」
「ありがたい」
豆腐小僧とよんかいせいはそう言うと、本当に紅葉豆腐と刺身コンニャクを目の前でぽいぽい出しては、皆に配って回る。
配り終わると、自分たちは下座のほうに席を占めた。傘骨女はもうおれには用事はないようなので、おれもとりあえずその辺に座る。
「煩悩まみれと言われれば、わしは確かにそうじゃった」
モンジ老がしみじみとした口調で言った。
「ねえ、良かったらどういうことなのか聞かせてくれない?」
と傘骨女が言った。
「うむ……」
モンジ老さんはそこで一呼吸置くと、語り始めた。
「そこの欽之助には話したことがあるが、わしは前に事業を起こして大成功したことがあるんじゃ」
「アルマーニを着ていたのは、その時のことなのね?」
と傘骨女。
「そうじや。ほかにもグランドセイコーやらロレックスやらをジャラジャラ言わせておった」




