参百八拾参 危険な妖怪「よんかいせい」登場
つるつるの坊主頭に、竹の笠。三頭身ぐらいの子供の妖怪である。大事そうに抱えているお盆には、紅葉がかたどられた豆腐が載っている。
しかし、妙なのが隣に立っていた。恐ろしく長い顔は不気味な赤紫色である。コートを羽織っていたが、これも全体が赤紫で、下のほうに見えるズボンだけが少し緑色を帯びている。
赤紫色の大きな襟の中から、同じく赤紫色の顔をにょきッと出して、そいつはじろじろとおれを見ていた。
すると、豆腐小僧が言った。
「お前、水臭いじゃないか。どうして最初から俺を呼んでくれなかったんだ」
「いやあ、悪いわるい。バタバタしてたものでね、つい」
「ところで、豆腐は要らんかえ?」
「要るけど、1丁じゃ足りない」
「いくらでも出せる。キリストがワインを出すようにな」
「いくらだい?」
「1丁で5文だが、今夜はクリスマスイブだから出血大サービスだ。ただでいいや」
「ワインは出せないか?」
「無理だな」
言下に否定される。
すると、それまで黙っていた赤紫が口を開いた。
「したいか?」
「えっ?」
突然の問いに、おれが目をぱちくりさせていると、
「だから、したいかと聞いているんだ」
とイライラしたように言う。
それで、おれは忽然と思い出した。爺ちゃんが死ぬ前に、どうしてもお前に教えておかなければと言って、布団で寝たまま話してくれた妖怪のことを。
それが、「ごかいせい」という妖怪だった。こいつはめったに人間の目に触れることはないが、たまたま出会うと、いきなり「したいか?」と尋ねてくるらしい。
そこで、うかつな答えをすると、強烈な臭いを発してくる。その毒気にやられて、死ぬ人間もあるらしい。爺ちゃんの話によると、こいつは仏様の使いとも言われており、大きな襟は仏炎苞と言って、仏様の怒りの炎を表しているとのことであった。
どのような答えが悪いのかと聞いたら、殺生・偸盗・邪淫・妄語・飲酒の5つに関連することだと、爺ちゃんは答えてくれたのだった。
「したいか?」
と、赤紫がまた聞く。
「分からないよ」
とおれは答えた。
「何だと?」
「そんなことを突然聞かれても、おれには分からない。いま何をしたいのか。そしてこれから何をすればいいのか」
「ふん、つまらない奴」
赤紫は舌打ちをしてそう言った。
「ところで、コンニャクは要らんかね?」
豆腐の次はコンニャクときたか。豆腐なら冷ややっこで食べられるが、コンニャクを今から調理するのは面倒だなあ……。
そう考えていたら、赤紫が言った。
「何、大丈夫だ。今日は刺身コンニャクを用意してある。キリストがワインを出すように、どんどん出してやる」
「いくらだい?」
「1丁で5文だが、今夜はクリスマスイブだから出血大サービスだ。ただでいいや」
「ワインは出せないか?」
「無理だな」
言下に否定すると、また聞いてきた。
「どうだい、俺は優しいだろう?」
「何が?」
「何がって、キリスト教なら十戒だが、おれはたったの四戒だ」
「よんかい?」
「飲酒だけ省いてやる」
赤紫はそう言うと、勝手に上がってスタスタと歩いていく。
豆腐小僧がにやにや笑いながら見ていたので、
「何であんな危ない奴を連れてきたんだよ」
と文句を言った。
「なーに、お前なら大丈夫と思ってね。ごかいせいはたまに現れるが、よんかいせいは滅多に現れないんだ。お前、運が良かったな」
そう言って、涼しい顔をしている。




