参百八拾弐 幼馴染み再び現る
「あるよ。お上がり」
と、おれは言ってやった。
座敷に行くと、傘骨女が雪女を見て言った。
「お姉さん!」
「何だ、お前も来てたのかい?」
と雪女。それから皆を見回すようにして言う。
「御一統様方、途中からで申し訳ないが、私たちもいいだろうね?」
「あんたなら大歓迎だ。さあ、こちらにお座んなさい」
アカオトシがそう言って、自分の隣を示す。
しかし雪女はそれには目もくれずに言った。
「おや、私のタイプがいるじゃないか」
どうやらムネウツロのことを言っているようだ。
そばに行くと、
「ちょいとお代わり」
と言って、妹を押しのけた。
「もう、いつもこうなんだから」
傘骨女はそうこぼすと、
「まあ、いっか。私の好みはまだほかにも居るんだから」
と言って立ち上がった。
どこにいくのかと思っていたら、「ここ、いいかしら」と言いながら、おれとモンジ老さんの間に割り込んできた。
えっ、おれなのか? 確かにおれは、爺ちゃんの教えをちゃんと守って、この女を決して邪険には扱わなかった。しかし、おれには京子という――。
ところが、傘骨女は反対側を向いていた。
「素敵なお召し物を着てらっしゃいますね」
などと言っている。
モンジ老さんは、しわくちゃの顔を真っ赤にして言った。
「いやあ、それほどでも。前はアルマーニなども着てはみたが、やはりわしにはこれが一番じゃわい。なにしろこれは、着物でもあり、寝床でもあり、棲み処でもあるんじゃからなあ」
筵から裸の腕を出すと、胸をトントンと叩きながら、また以前のように嘯いている。彼はやはりこのほうが断然いい。
「素敵……」
傘骨女はうっとりと見とれている。
姉のほうはどうかと言うと、
「うーん、やっぱり若いのはいいねえ」
などと言って、ムネウツロにしなだれかかっている。
「そうだ」
雪女はそう言うと、相手の耳元に口を近づけ、フーフーと息を吹きかけ始める。
「どうだい、温かいだろう?」
それまで青白かったムネウツロの顔が次第に赤みを帯びてきた。前髪を垂らしてはっきりしなかった表情も、輪郭がしっかりと入り、両のまなこまでがくりくり輝き始めた。
何だ、小説に命を賭けるようなことを言ってたくせに、口ほどにもない。しかし、美人姉妹そろってゲテモノ食いとはね。
「二人とも見事に振られちまったね」
水かけ女が、おれとアカオトシを見比べながら、意地悪そうに言う。
「本当だよ。ザマア見ろってんだ」
狸婦人も、吐き捨てるように言った。
「おや、いくら自分がもてないからって、人の亭主のことをそこまで言うことないじやないか」
「なんだって? あんたは人かい?」
珍しく仲がいいと思っていたら、またいつもの喧嘩が始まった。二人が喧嘩を始めると必ず水掛け論になる。
アカオトシはおれにウィンクをすると、盃を掲げた。おれもそれに合わせて、ぐびりとやった。
てのどんはと言うと、さっきから「食い物だ、食い物だ」と言いながら、ガツガツ食べていた。のどの奥からニョキッと伸ばした手で、肉と言わず魚と言わず片っ端から掴んでは、スルスルっと口の中に運んでいく。
ラポール鳥居は、その様子を優しく眺めながらシャンパンを飲んでいる。そのほうが断然よろしい。これ以上、共感だの僕の股の下をくぐれだの言われてはかなわない。
夢酔仙人は、とうとう瓢箪からラッパ飲みをし始めた。相変わらず、飲んでは笑い転げている。陰気な面で飲むよりは断然よろしい。それにここでは、李白のように長江の水に映った月を掬い取ろうとして、落っこちて死んだりする心配もない。せいぜい縁側から転がり落ちるぐらいだ。大いにやるがいいだろう。
すると、またウッヒョッホという声が聞こえた。見ると、雪女がムネウツロの胸に手を突っ込んで、掻き回している。
「や、やめてくれえ。ウッヒョッホ」
「フフフ、面白〜い」
「アヒアヒ、ククク。ウッヒョッホ」
「キャッキャ」
やれやれ、姉妹で何やってんだか……。しかし、てのどんの食べっぷりときたら――。いくらみんながごちそうをふんだんに持ってきてくれたとは言え、足りるだろうか?
そう心配していたら、玄関のほうから、「頼む。頼む」という声がした。ん? この声は……?
おれはすぐに玄関に行って、ドアを開けた。
「豆腐は要らんかえ?」
やはり豆腐小僧だった。




