参百七拾四 祭りのあとの寂しさよ
「ええい、放せ。たわけ!」
登世さんは、寅さんの手を振りほどこうとする。
「やい、トラ! お前がもっと早く私を迎えに帰っておれば、こんなことにならずに済んでたんだ。そもそも今日は日曜日で大安でクリスマスイブなんだ。そんな日になんでわざわざ農協で仕事をする。安月給のくせに」
「いやあ、これはとんだとばっちりを食らったものだ。おい、美登里。お袋を連れて帰ってくれ」
寅さんは必死になって母親を背後から抱きかかえている。
美登里さんがすぐに、登世さんの肩に優しく手をかけながら言った。
「さあ、お義母さん、今日はもう帰りましょうよ、ね。シャンパン飲んで、ケーキを食べよっ。そうそう、お義母さんの好きなフライドチキンも、今日はたくさん用意してあるんだから。ね、そうしよう」
「うむ……」
とたんにおとなしくなる。どうやら実の息子より嫁のほうを買っているらしい。
「どいつもこいつもたわけ者の役立たずばかりだが、あんただけは別だ」
そうぶつぶつ言いながら、美登里さんとともに帰っていく。
寅さんはふーっとため息をつくと、おれのほうを振り向いて言った。
「さて、今日は仲直りの印に一杯やるとするか」
「うん、それがいい」
何時の間にか来ていた英ちゃんと誠が言った。
「タツ、お前も一緒にどうだ」
「合点承知の助だ。よし、そうと決まったら――」
「ちょっと待ってください」
おれは慌てて言った。
「皆さんのお気持ちは嬉しいです。でも、今日だけは一人にしてください」
おれの言葉を聞いて、四人ともしばらく顔を見合わせていたが、すぐに寅さんが言った。「よし、分かった。じゃあ明日だ」
皆、頷いている。
「ありがとうございます」
おれは頭を下げた。
すると集まっていた人々の中から誰かが言った。
「いったいどうなってるんだ。説明しろ」
「そうだ、そうだ」と呼応する声。
「詳細はまた後日説明しますので、今日のところはお引き取りを――」
寅さんがそう言い掛けたら、
「聞こえません。もっと大きな声でお願いします」
とまた誰かが言う。
「てめえら、面白がってんのか? とっとと失せやがれって言ってるんだよ」
竜之さんが皆を見回して言う。
「何だよ、せっかく忙しい中を来てやったっていうのに」
「そうだ、そうだ」
皆でわいわいがやがやと言い出した。さすがの寅さんと竜之さんでも収拾がつかない。
そこへどこからかピーピーという音が聞こえてきた。自転車に乗った駐在さんが門から入ってくる。確か例の夏祭り事件の際に居た駐在さんだ。
しかし、ただ居ただけだ。たまたま通りがかった車にお神輿が今にもぶつかりそうになっているというのに、見物人と一緒に笑いながら見ていたんだから。
駐在さんは自転車から降りると、また警笛をピーピー鳴らした。
「皆さん、駐車違反ですぞ。交通妨害です。直ちに車を移動させなさい。さもないと逮捕しますぞ」
「ちぇっ、何だよ。つまらねえな」
「せっかく面白いところだったってのによ」
「これでいよいよこんにゃく様もお終いだな」
「何だと、この野郎!」
「ぶっ殺してやる」
寅さんと竜之さんが、さっき言った人間を追いかける。ピーピーとまた警笛が鳴る。しばらく騒然としていたが、やがて皆散り散りに引き上げていった。
あとに残ったのは、寅さんと竜之さんと英ちゃんと誠だけだった。
「それにしてもサン・タクシーの三太の奴め、寄りにもよってタイミングの悪い時に通りがかったもんだ。何だ、村に一台しかないタクシーのくせに。あいつはもう村八分だ」
寅さんが言った。
「大方、どっかの婆さんを病院から連れて帰ったんだろう。あっ、ひょっとしたら駐在にチクったのも三太かもしれないぞ。ちくしょうめ、今度会ったらとっちめてやろう」
と竜之さんも言う。
寅さんは、今度はおれのほうを振り向いて聞く。
「おい、本当に一人で大丈夫か?」
「大丈夫です」
とおれは答える。
「本当に大丈夫か? 自殺なんかしたら承知しないからな」
「そんなことはしませんよ」
おれはくすっと笑って答える。
「また、コーヒーを飲みに来いよ」
と、今度は竜之さん。
「はい、喜んで」
「俺の作った焼き物の窯を見に来てくれ」と英ちゃん。
「はい、分かりました」
誠は何も言わなかった。何も言わずに、俺の尻に回し蹴りをお見舞いしてくれた。
こうして皆帰ってしまい、とうとう一人になった。
今回は、「くるまや」の場面のノリでいきました。フーテンの寅さんが大好きなもので
……。




