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丗六 欽之助、四態の変化

「お前、何ということを……」

 赤虎が溜息をつくように言う。


「だって寅さん、くやしいじゃないか。それがみんなの望みなんだろう? 高い米をわざわざ日本で作ることはない。外国から輸入すればいいんだって。学者も評論家も、そして国民も」


「ん、むむむ……」

「だから、そうやって(なら)した土地に、ぜーんぶ工場をおっ建てればいいんだ。そんでもって、自動車だろうがテレビだろうが原子力発電だろうが兵器だろうが、世界中で売って歩けばいいじゃないか。

 それで日本は大金持ちになって、めでたしめでたしだ」


「ふーん」

 赤虎は憐みの表情を浮かべながら、青虎を見る。

「お前、見かけによらず、小さな心臓を傷めているんだな」

「ち、違うよ。そんなんじゃねえ」


「おい、お坊っちゃんよ」

 赤虎の矛先が、今度はこちらに向いてきた。

「いくら面積を広げたって、もともと国土自体が狭いんだ。たかが知れている。西洋じゃ、畑が地平線まで広がっているんだ。そこをだな、ビルの二階建てほどもあろうかというトラクターが疾走するんだよ。

 あれと比べりゃ、俺の自慢の赤いトラクターなんかミニカーさ」


 西洋って、一体どこのことを言っているんだ……? アメリカ? オーストラリア? それともヨーロッパ?

 おれは、念を抑えながら一生懸命考えた。

 それに二人とも、すっかり自虐的になっているんだか、日本の農業のことを真剣に憂えているんだか……?


「だから、さっきのお前の台詞に俺は傷ついた。高い米ばかり食わせるだって? そんなこと簡単に言わないでくれ。

 じゃあ仮に譲歩して、こんな中山間地で作るのはみーんな辞めちまって、平野部だけで作ったとする。それで米が自給できると思うか? できるわけがない」


「ほうら見ろ、やっぱり小さな胸を痛めている」と赤虎。


 ヤンマーは、それを無視するように続けた。

「俺はなア、自分が日本人の胃袋を満たしてやっているんだという矜持を持って、百姓をやっているんだ。そうじゃなければやっていけるか」


「そうだ、そうだ。それ行け、やれ行け」

 

「お前はどう思う? 今でさえ日本の食料自給率は40パーセント程度だ。この上、外国から米まで輸入するようになったら一体どうなるんだろう。この美しい瑞穂の国はどうなると思う?」


 うーん、うむむむ……。

 今度は俺が(うな)る番だった。しかし、いくら唸ってみても、おれには答えが分からなかった。


「いや、それは困る」

 と赤虎が代わりに答える。

「第一、山も川も谷も、コンクリートでみーんな(なら)しちまうというのが良くねえ。それじゃあ、八百万(やおよろず)の神様の居場所がなくなっちまう。酒好きの神様も居なくなる。良くない。それに妖怪や物の怪の棲み処が無くなっちまう。良くねえな」


 妖怪や物の怪の棲み処が無くなってしまうだって……?

 子供の頃から怖い思いをさせられたり、迷惑をかけられたりしたものだが、一方では慣れ親しんできた。

 彼らの居場所がなくなってしまう? それは決していいことではないんじゃないだろうか。


 おれは急に寂しさに襲われた。

 遠く離れた故郷のことを思った。死んだ両親や爺ちゃんのことを思い出し、哀しくなった。これまで忘れていた親せきや友達の顔が、次々と浮かんでくる。


 京子を始め、おれの元を離れた人たち。いやそれとも、おれが彼らの元を離れたのか――。ああ、もうそれすらもおれには分からない。

 胸がしくしくと痛む。


「そうとなったら、飲まなくっちゃ」と赤虎が言った。

「何だって、まだ昼間じゃないか」と青虎。

「なあに、喉が渇いたから、ほんの水代わりだ。夜になったら、また盛大にやろうぜ」


 青虎はまだ何か言いたそうに、こちらを見下ろしている。

 おれは相変わらず地面に胡坐をかいたまま、腕組みをして考え込んでいた。


「行こう」

 赤虎が青虎の背中をポンと叩く。

 青虎ことヤンマーはおれのほうを何度か振り返りながら、赤虎に続く。

 赤虎は帰り際に、ヤンマーの倒した四つめ垣をもとに戻そうとしたが、根元の所が折れているので無事に立つわけもない。

 寅さんはへへへと誤魔化し笑いをしながら、そのまま出て行ってしまった。


 落目欽之助はオッチャンとなり、オッチャンはボッチャンとなり、失恋の末に本当に落ち目になってしまったが、今度はこの虎どもについに坊ちゃん扱いされてしまった。三態ではなく、四態の変化だ。

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