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参百六拾四 多勢に無勢

「良かったね」

 万年筆のつんつくもんが言った。

「エミー、僕たち改めて友だちになろうよ」


「良くってよ」

 人形が答える。

「でも、あなたのことを何と呼べばいいのかしら? まさかお姉さまと同じように、おチビちゃんって呼ぶわけにはいかないしね」


「それで構わない。京子さんは、僕をいつも肌身離さず愛用してくれている。何でも、僕を使って論文を書いていると、いろんなアイディアが泉のようにこんこんと湧き出てくるというんだ。誰かさんと違って、そういう風に僕をリスペクトする気持ちさえあれば、どう呼ばれようと僕は構わない。ねー、京子さん」


 京子はくすっと笑うと、

「そうね、おチビちゃん」

 と言って、椅子に腰を下ろした。


「あっ、本当だ。どこもピカピカにしてある」

 おれのほうを振り返って笑う。


 それから机の上に、万年筆と人形を並べて置くと、

「二人とも仲良くしてね」

 と言った。


 安太郎さんが使っていたと思われるマホガニー製の立派な机の上で、二人は――、いや二体の妖怪は嬉しそうに笑い合っている。


「コーヒーでも飲まないか?」

 おれは、さっきの京子の問いからすっかり解放されたような気になっていた。竜之さんの影響で、最近ドリッパーとサーバーも買ったし、早苗さんには、バタフライブルームのコーヒーカップをもらった。少し自慢してやろう……。


「コーヒーなら、窪田さんの御主人に振る舞ってもらったから、いい」

 京子が人形の頭を撫でながら答える。


「ひょっとして、インスタントから始まってサイフォンまで行った?」

 おれは必死で話をはぐらかそうとする。


「何、それ? 最初からサイフォンで()れたくれたわよ。おいしかったなあ」


「差別だ」


「えっ?」


「いや、こっちのことだからいい。それならお茶でもどう?」

 どうか、さっきの超厄介かつ超難解な問いが蒸し返されないように。南無三(なむさん)……。


「お茶もいい。コーヒーでお(なか)がちゃっぽんちゃっぽん言ってるぐらいなんだから。それより今日はクリスマスイブね。今夜は二人で何か御馳走でも食べようよ」


 思いがけない彼女のこの提案に、おれはすっかり嬉しくなると同時に、胸が激しく鼓動し始めた。


「その前に、さっきの答えをまだ聞いていなかったわね」

 京子は机に着いたまま、こちらを見上げる。


 ついにとどめの矢が解き放たれた――。


 まるで職員室で女教師に叱られている小学生のように、おれはそこに悄然と突っ立っていた。


 すると、エミーが口を開いた。

「お姉さま――」


「ん、何?」


「こいつの腐った脳みそにはね、あ、いえ、この人の頭の中はいろいろな老廃物や不純物でいっぱいなんですの。だから、それらを押し流してやらなければ不可(いけな)いことよ」


「まあ――」

 京子は驚いて尋ねる。

「それでどうしたらいいの?」


「うーん。足の親指のつぼを揉んでやるのも一方法なんですけど、まさかこんな奴のために、いや、お姉さまにそんな真似をさせるわけにはいかないですし……」


「いいわよ。やってあげようか?」

 京子が意地悪そうな笑顔をおれに向けて聞く。おれは慌てて、首を水平にぷるんぷるんと振った。


「――だってよ」

 京子はそう言いながら人形に向き直る。


「それなら言葉を何とかすべきですわね」

 人形が答える。


「言葉?」

 京子は不思議そうな顔をする。


「こいつ、もとい、この人は言葉にこだわりすぎるのです」


「そうね、こいつは確かに言葉に拘泥し過ぎる。だから、どうでもいいことで、いちいち口争いになったりするんだわ」

 京子はそう言うと、またおれを振り返った。

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