表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/514

丗五 坊ちゃん、虎どもと念問答

 おれが最後に言った言葉……?

 咄嗟には思い出せなかった。


 すると、ヤンマーが手を差し出してきた。

「殴ったりして悪かったな。でも聞いてほしいんだ」

 おれはその手を払いのけると、地面に胡坐(あぐら)をかいて、両腕を組む。


 向こうはこちらを見下ろすようにしながら、

「ふん、意地っ張りな所だけは俺と似ている」

 と呟いたなり、黙り込んだ。

 そっと様子を窺うと、こちらに背中を向けて田んぼの方角を見ている。


 しばらくして口を開いた。

「おい、周囲(まわり)を見てみろ。何が見える?」

 何が見えるって……? 

 見渡す限り田んぼと畑しかないじゃないか。あとは、おれのあばら家ほどではないが、見すぼらしい屋根瓦の(うち)が転々とあるだけだ。


「田んぼと畑と、見すぼらしい屋根瓦の(うち)が転々とあるだけの向こうには、何がある?」

 何がって、山があるじゃないか。


「じゃあ、山の向こうには何があると思う?」

 山の向こうだって? そんなの分かるもんか。


「分からないのか? いいか、山の向こうには、また山があるんだ。それから谷もある。川もある。そうすると、どうなる?」

 そうすると、どうなるって? 一体何が言いたいんだ、お前は。


「一体何が言いたいんだって? 少しは、想像力を働かせろよ」


 それまで黙っていた赤虎が、ここで口を挟んできた。

「おい、誠。お前、さっきから何を独り言を言っているんだ」


「えっ?」

 青虎がくるりと振り向く。おれの顔を見て目を真ん丸にしている。

「おい、お前。俺が聞いたことに、確かに口に出して答えていたよな」


 しまった。いきなり殴られてしまったものだから、つい気が動転して、念を制御するのをすっかり忘れていた――。

 おれは腕組みをしたまま、知らんぷりを決め込むことにした。


 赤虎と青虎はお互いに顔を見合わせながら、不思議そうな顔をしている。

 制御だ、制御。


「まあ、いいや」

 と青虎が言った。

「お前の頭ではどうせ分からないようだから、俺が教えてやる」

 青虎の癖に、生意気な口を利く。おっと、制御だ、制御。


「いいか、要するに、日本は農地が狭いっていうことだ。そうなると当然、生産費が上がる。お前はさっき言ったな。高い米を食わせやがって、と。その高い米代でも、俺たち百姓は食っていけないんだ」


「そのとおりだ。まあ、こんなお坊っちゃんには分からないだろうけどな」

 赤虎が相槌を打つ。


「だったら、米作りを辞めろって言うんだろう?」

 青虎が、こっちに食ってかかる。

 いや、おれは何も言っていないって。念も、ちゃんと制御できている筈だ。おそらく自分自身の中で、これまで何度も問答してきたことなんだろう。


 青虎は続けた。

「学者や評論家は言う。日本は農地が狭いから、生産コストが高づいて仕方がない。だから、面積を集約してコストを下げろと――」


「馬鹿野郎、こんな中山間地でそんなことができるもんか」

 赤虎が吐き捨てるように言う。


「いや、できる」と青虎。

「何だって?」

 赤虎が目を剥く。どす黒い顔が赤黒くなり、物凄い形相になっている。

「おい、誠。聞き捨てならないぞ。お前、自分が何て言っているのか分かっているのか?」


「山はダイナマイトで吹っ飛ばす。そいつで、川も谷も埋めてしまう。最後にブルドーザーで(なら)してしまえばいいんだ」

 ヤンマーは挑戦的な目付きで、そう答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ