丗五 坊ちゃん、虎どもと念問答
おれが最後に言った言葉……?
咄嗟には思い出せなかった。
すると、ヤンマーが手を差し出してきた。
「殴ったりして悪かったな。でも聞いてほしいんだ」
おれはその手を払いのけると、地面に胡坐をかいて、両腕を組む。
向こうはこちらを見下ろすようにしながら、
「ふん、意地っ張りな所だけは俺と似ている」
と呟いたなり、黙り込んだ。
そっと様子を窺うと、こちらに背中を向けて田んぼの方角を見ている。
しばらくして口を開いた。
「おい、周囲を見てみろ。何が見える?」
何が見えるって……?
見渡す限り田んぼと畑しかないじゃないか。あとは、おれのあばら家ほどではないが、見すぼらしい屋根瓦の家が転々とあるだけだ。
「田んぼと畑と、見すぼらしい屋根瓦の家が転々とあるだけの向こうには、何がある?」
何がって、山があるじゃないか。
「じゃあ、山の向こうには何があると思う?」
山の向こうだって? そんなの分かるもんか。
「分からないのか? いいか、山の向こうには、また山があるんだ。それから谷もある。川もある。そうすると、どうなる?」
そうすると、どうなるって? 一体何が言いたいんだ、お前は。
「一体何が言いたいんだって? 少しは、想像力を働かせろよ」
それまで黙っていた赤虎が、ここで口を挟んできた。
「おい、誠。お前、さっきから何を独り言を言っているんだ」
「えっ?」
青虎がくるりと振り向く。おれの顔を見て目を真ん丸にしている。
「おい、お前。俺が聞いたことに、確かに口に出して答えていたよな」
しまった。いきなり殴られてしまったものだから、つい気が動転して、念を制御するのをすっかり忘れていた――。
おれは腕組みをしたまま、知らんぷりを決め込むことにした。
赤虎と青虎はお互いに顔を見合わせながら、不思議そうな顔をしている。
制御だ、制御。
「まあ、いいや」
と青虎が言った。
「お前の頭ではどうせ分からないようだから、俺が教えてやる」
青虎の癖に、生意気な口を利く。おっと、制御だ、制御。
「いいか、要するに、日本は農地が狭いっていうことだ。そうなると当然、生産費が上がる。お前はさっき言ったな。高い米を食わせやがって、と。その高い米代でも、俺たち百姓は食っていけないんだ」
「そのとおりだ。まあ、こんなお坊っちゃんには分からないだろうけどな」
赤虎が相槌を打つ。
「だったら、米作りを辞めろって言うんだろう?」
青虎が、こっちに食ってかかる。
いや、おれは何も言っていないって。念も、ちゃんと制御できている筈だ。おそらく自分自身の中で、これまで何度も問答してきたことなんだろう。
青虎は続けた。
「学者や評論家は言う。日本は農地が狭いから、生産コストが高づいて仕方がない。だから、面積を集約してコストを下げろと――」
「馬鹿野郎、こんな中山間地でそんなことができるもんか」
赤虎が吐き捨てるように言う。
「いや、できる」と青虎。
「何だって?」
赤虎が目を剥く。どす黒い顔が赤黒くなり、物凄い形相になっている。
「おい、誠。聞き捨てならないぞ。お前、自分が何て言っているのか分かっているのか?」
「山はダイナマイトで吹っ飛ばす。そいつで、川も谷も埋めてしまう。最後にブルドーザーで均してしまえばいいんだ」
ヤンマーは挑戦的な目付きで、そう答えた。




