表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
356/514

参百五拾参 老人の挑発

「ふん。まるで中野十一が言いそうなことだな。あいつとそんな話をしたのか?」


 唐突な問いに、驚いて老人の顔を見た。

「どういうことでしょう? 会ったこともないのに」


「なんだ、そうだったのか。だが、あいつの娘と付き合っているんだろう? やめておいたほうがいい」


「どうして――。まさか私のことを調べているんですか?」


「馬鹿な。何のためにそんな無駄な金を使わなきゃならないんだ。一度、中野に聞かれたことがあるのさ、お前がどんな人間かってな。自分の娘がお前と付き合っているということが、奴の耳に入ったんだろう」


「ああ、なるほど。そういうことだったんですか。でも、なぜ彼女と付き合うのをやめろと――」


「む……」

 老人を少し言葉を濁すようにしていたが、やがてごまかすように言った。

「あの男のことは、わしも買っているし、これまで随分助けてもやった。しかし、奴は危険だ。何をしでかすか分かったもんじゃない。このわしでさえ、時々怖ろしくなることがある。だから、あの男の娘にも近付かないほうがいいと言っているんだ」


 具体的にそれがどういうことなのか、もう少し聞いてみたい欲求に駆られた。しかし、深入りは避けた方がいいような気がして思いとどまったのだった。それに、聞いたとしても、この老人は答えてはくれないだろう。


 せめて抵抗だけはしてやろうと思った。

「これまで随分教えは受けましたが、私生活のことにまで干渉されたくありません」


「やれやれ、お前はまだまだ青二才だなあ」

 老人がため息をつくように言った。

「それに、ただの金持ちのボンボンだ。金に不自由をしたことのない者に限って、さっきのようないっぱしの口を利くんだ。何が一般消費者あってこその会社だ、つまらん正義面をしおって。要するにお前は偽善者なんだよ」


 言い返したいのを必死でこらえた。会社での人事や待遇の面で、この老人に別に恩恵を受けてきたわけでもない。しかし、薫陶は受けている。むしろ感謝しなければならない。


 そろそろ辞去しようと立ち上がりかけたら、不意に言われた。

「お前を手放すのは、まだ惜しい。だから、会長付きにしようと考えている」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。


「現会長は派閥にも属さず、無色透明な男だ。人柄の良さだけであそこまで昇りつめたというのは、奇跡に近いよ。まあ、わしの後押しもあったんだがな」


 遮るように、慌てて言った。

「会長付きですって? 私を飼い殺しにしようとでもおっしゃるんですか? お断りします」


「さっきも言っただろう。そんな無駄なことにお金を使うものか」


「でしたら、私にいったいどんな仕事をせよと?」


「自分で考えるんだな」


 またもや不意打ちだ。意図を図りかねて、老人の表情から探ろうとしたが、その鋭い双眸(そうぼう)()ね返されてしまった。


 降参だ……。


「青二才の私には分かりません。教えてください。私に何をしろと――」


「いいかね、今からわしの言うことは年寄りの愚痴だと思ってきいてくれ。さっきのお前のたわごとを我慢して聞いてやったんだからな」

 老人はそう言うと、スマホを手に取った。

「ああ、お茶のお代わりを――、いやコーヒーにしよう。あられか煎餅のようなものがあれば、それも頼む」


 改めて広大な庭を見渡した。手入れの行き届いた筑山と池。池の青い水には、紅葉がよく映えていた。少し離れたところに、茶室らしきものがある。


 こちらの視線に気づいたのか、老人が言った。

「お前に茶でも立ててやりたかったんだが、今日は時間がない。幹事長の五階堂が来ることになっているんでね。何、どうせ、金の無心だろう」


 そこへ、さっきのお手伝いさんがコーヒーとおかきを持ってきてくれた。おお、これこれ、これがサクサクして美味いんだと言うと、本当にサクサクと食べた。


 それからコーヒーを一口飲むと、

「日本は経済大国などと自慢していたが、いつのまにか中国に追い越されてしまった」

 と嘆いてみせた。

「それでも世界第3位などとほざいているが、聞いてあきれるわい。自殺率はG7でトップだし、幸福度に至ってはビリときている。世界でも50位に届かない。いったい経済力とは何なのだ。お前の言葉じゃないが、全く幻想のように思えるよ。経済力はさておき、日本の国力は確実に衰えておる。

 昔、中国人が言っていたんだが、日本人は明日のことしか考えない。しかし、自分たちは100年先のことを見据えて動いている、とな。現にそのとおりになったじゃないか。今や、アメリカさえ脅かすような存在になっている。

 しかし、その中国さえ、先のことは分からないぞ。これからすぐにアメリカや中国の時代でもなくなる。じゃあ、イギリス、フランス、ドイツは? 似たり寄ったりだ。もっとほかに目を向けなければ。ヨーロッパにはほかにもいろんな国があるだろう。それだけじゃない。世界には、アフリカも東南アジアも南アメリカもある。

 俯瞰外交だなどと暢気なことを言っている場合じゃない。どこでもいいから、現地に直接飛び込んで、そこの人たちと一緒に汗を流してこい。そして、100年後のジンアイ商事、いや日本の繁栄につながるようなものを掴み取って来るんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ