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参百四拾四 男は男として生まれるのではない。男になるのだ。

「なーんだ」

 僕はほっとしてそう言ったものの、母の答えに完全に満足することはできなかった。

「でも、どうしてなの……?」


 でも、どうして男と男が結婚することはないの?


 そこまではっきりと聞くことはしなかった。その時分の僕は、ピカピカの一年生の頃とは違って、何故男の子が女の子のスカートの中を覗きたがるのかを知っていた。


 そして自分の身体のことも――。僕は、自分が生物学的な男として生まれたことを明確に自覚していたのだ。


 だからこそ、自分も男らしい男、強い男になりたいと思った。でも亀井先生によれば、その強さというのは、女を守るために発揮されるべきものなんだろう。しかし、先生は強い男だ。守られるべき存在ではない。


 じゃあ、僕のほうが女のように弱い存在になればいいのか。そうすれば二人は結婚できるのだろうか。やはり無理だ。男同士、女同士での結婚っていうのは聞いたことがない。小学校二年生でもそれぐらいは知っている。


 以前は、ハナちゃんのことが好きだった。席も隣同士で、良くおしゃべりもしたし、どちらかが教科書を忘れた時には、先生に言われて一緒にくっついて読んだりもした。それがとても楽しかった。それなのに、今は違う。


 今は亀井先生のことが好きだ。だから、一日中、先生の顔を見て過ごした。授業では積極的に手を挙げた。答えが合っていると褒められるので、一生懸命に勉強もした。音楽の時間だけ、別の女の先生になるのが悲しかった。


 先生といつも一緒にいたいと思った。誰だって好きな人といつも一緒にいたいはずだ。それなのに、男同士、女同士だと、なぜ結婚できないのだろう? 亀井先生なら、「ユタカ、いい質問だ」と言って、的確な答えを教えてくれるだろうかと思ったが、流石(さすが)にクラスの皆から笑われると思って聞けなかった。




「いらっしゃい、結貴。おやつにしましょう」

 と母が言うので、居間で待っていると、お茶と羊羹を出してくれた。


「さっきの話なんだけどね」

 母はお茶を一口飲むと、話を切り出した。

「男の人のほうが、女の苗字に変わることも、決してないわけではないのよ。でも、普通は逆」


「どうして?」

 僕は早速、ようかんを頬張りながら聞いた。


「どうしてかなあ?」

 母は考え深そうにしながら答えた。

「たぶん、女が男の家に入るからだと思う。お嫁さんの嫁っていう漢字を習うのは、まだずっと先なのかな? 女へんに家って書くんだけど――」

 そう言ってお茶をテーブルの上に少しこぼすと、人差し指をそれで湿らせ、テーブルの上に書いて見せた。


「女はお嫁さんになることで、男の家に入る。つまり男の家のメンバーになるから、そこの姓に変わるってわけ」


「女が男の家に入る?」


「そうよ」


「男だって、女の家に入るのに?」


「そういう場合もある。その場合は、婿って言うんだけど、漢字の成り立ちは、えーと、お母さんにも分かんないや」

 母はそう言って、ぺろりと舌を出した。


「僕が言っているのは、男が女の体の中に入るっていうことなの。家って言うのは、女の体の(たと)えなんだ」


 母はそれを聞いて危うくお茶を吹きこぼしそうになったが、すぐに気を取り直し、「それ、どういう意味?」と聞いてきた。


「だって、学校でそう習ったよ。女の人の体は家のようなもので、赤ちゃんを産んで、守り育てるための大切な場所なんだって。男は自分の体の一部を女の体の中に入れる。すると自分の分身である精子が女の体の中に放出されて、卵管と言う部屋で卵子と結合し、受精卵となる。それが今度は、子宮という部屋に移動して赤ちゃんになるんだ」


 果たしてそこまで正確に行ったかどうかは覚えていないけれども、そういう意味のことは言ったと思う。


 母は目を回して、ソファの上で真横にずっこけてしまった。そのまましばらく動けずにいたが、やっとのことで起き上がると、「もう、そんなことまで習ってるの?」と聞いた。


「うん、そうだよ。赤ちゃんが無事に生まれるまでに、何か月もかかる。その間に敵に襲われないように、男は女を守らなければ不可(いけな)い。そして赤ちゃんを産む時には、女はものすごく痛い思いをするので、男は女を大切にしなければ不可い。だからこそ男は強く、優しくなければいけないんだ。亀井先生がそう言ってた」


「ふーん。でも……」

 母は再び思案気な顔をしながら言った。

「女は、確かに子を産む存在ではあるけど、子を産むためだけの機械じゃない。女の体を家に譬えるっていうのも分からないではないけど、だからって、女をそういう役割、いや、役割って言うよりも機能って言ったほうがいいのかな? そういうものだけで見るっていうのは、お母さんは何だかしっくりこないな」


「キノウって何?」

 僕がそう聞くと、母はそ僕の頭をそっと撫でながら答えてくれた。

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