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参百参拾四 いい奴といい人とお人好しの間

 それから二人で代わるがわるハンマーで防獣柵の支柱を打ち込んでいったのだが、おれのほうはしまいに手が痛くて上がらなくなったので、専ら支柱を支えるだけの役回りとなった。


「お前は作家だから、鉛筆より重いものは持ったことがないんだろう」

 竜之さんがおれの代わりにハンマーを持って言う。


「また、そんなことを言ってからかうんだから。もう手伝うのはやめますよ」


「済まん、すまん」

 そう言いながらも、まったく済まなそうに見えない。


「本気ですからね。今度そんなことを言ったら、もう金輪際手伝いませんから」


「分かった、わかった」


 そんなことを言い合いながら、ひたすら作業を続けた。


 防獣柵の設置は、先に立てておいた支柱に、ハッカーという道具を使ってワイヤーメッシュを結束して行うのだが、それさえ手がぶるぶる震えて覚束(おぼつか)なくなってしまう。それを皮切りに作業を終えることになった。すでに夕方の4時を過ぎている。


 軽トラで家まで送ってもらった。お疲れさまでしたと言って車から降りようとしたら、まだお疲れさまでしたと言うのは早いよ、俺はこれから自分とこのコンニャク畑を見に行くんだからと言う。


 おれはそれで、そうですか、お疲れ様ですと言った。お疲れさまでしたとあいさつした後に、お疲れ様ですというのは少し間が抜けていると思ったが、もう仕方がない。


 それで今度は、お世話になりましたというあいさつを継ぎ足してやった。さんざん働かされたあとにお世話になりましたというのも、世話のない話であるが、これもまた致仕方がないことである。


 玄関に向かったら、おーい欽之助、と背中越しに声を掛けられる。

「今日は有難う。疲れただろう。バスガールがいなくて寂しいだろうが、シャワーでも浴びて少しゆっくりしたらいい。そのあと、(うち)に来てくれないか。そうだなあ、6時頃でいいや」


「何でしょうか」

 振り返って聞いた。


「トラのことで話がある」


「分かりました」

 喜んで返事をする。


 竜之さん、ちゃんと約束を守って、寅さんたちとの仲介の労を取ってくれるんだ。有難い。ありがたい。なにしろおれは、彼らにひどいことを言ってしまった。いくら彼らにも非があったとはいえ、あそこまで言う必要ななかったんだ。自分のほうから謝りに行くべきだが、とても行けるもんじゃない。ここは一つ、竜之さんに甘えることにしよう。


 去っていく軽トラに向かって、おれは腰を90度に曲げて、最敬礼をしたのであった。――ん、今バスガールとか何とか言わなかったか? まあ、いいや。



 言われた時間に行くと、早苗さんが笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃい。今日はいっしょに手伝えなくて悪かったわね。ごめんなさい。さあ、どうぞ」

 と、また居間に通される。


 寅さんたちは、まだ来ていないようである。しかし、テーブルにはふんだんにご馳走が並べられてある。


 とりあえずソファに座っていたら、竜之さんが一っ風呂(ひとっぷろ)でも浴びたのか、首にタオルをかけたさっぱりとした恰好で出てきた。


「さあ、座れ、すわれ」


「もう座ってます」


「こっちにだよ」

 そう言って、自分のほうから先にテーブルのほうの席にどかりと腰を()ろした。


 言うことを聞いて、そっちのほうに移動したら、

「おーい、早苗。お前も座れよ」

 と妻を呼ぶ。


「はい、はい」

 早苗さんはエプロンを取りながら、竜之さんの隣に座った。


「今日は欽之助、本当に有難う」

 そう言って、ビールを()いでくれる。次に早苗さん、最後に自分のを注ぐと、カンパーイと言った。


 おれはとりあえず一口飲むと、恐る恐る聞いてみた。

「あのー、寅さんは?」


「トラだって? ああ、そうか。だが、あんな奴の話はあとだ、あと」


「今日来るんじゃ……」


「誰が来るって言った? あんなのは来なくていいよ。今日はお前にだな、お礼の印として、早苗に頼んでご馳走を用意してもらったんだから。だって、ただ働きだけさせて、あとは知らん顔じゃ申し訳ないだろ?」


 最初からただ働きさせられるというのは、覚悟している。当人だって、中村さんから報酬をもらうつもりは、毛の先っぽほどもないだろうから。そんなことより、寅さんと仲直りさせてくれるっていう話はどうなったんだろう。

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