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参百参拾参 欽之助、二股を掛けられる

「でも、一人でそこまでやるのは大変だったでしょうね」


「ところが奴は全く苦にしなかった。まるで生き返ったようになってね、喜々として作業してたよ。

 ところがだよ、ところが――。ある日急に連絡があって、ここを山ごとそっくり買ってくれねえかって言うんだよ。だから、俺は答えたんだ。こんな二束三文の土地なんか要らねえよ。だが、ただなら貰ってやってもいいってな。そしたら、(やっこ)さん、それを真に受けたのか、しばらく考え込んでね。分かった、ただで譲ってもいいと言うんだ。お前には本当に良くしてもらったからって」


「それで竜之さん、何て答えたんですか」


「断った。イヤだよ、こんな山。維持管理していくだけで赤字になるじゃないかって。すると、向こうで哀しそうな顔をするから、少し言い過ぎたかなと思って、一体どうしたんだよ、急に――。訳を聞こうじゃねえかって言ってみたんだ。そしたら、癌が肝臓に転移したと言うんだよ。もう助からないかもしれないって」


「……」


「だから、怒鳴りつけてやった。馬鹿野郎、何をしょぼくれたことを言ってやがる。ここを公園と貸農園にするのが、お前の夢だったんだろ? その夢、俺も一緒に見させてくれ。もちろん、こんな山なんか貰う気はねえからな。お前がまた退院して戻ってくるまでに、きっちり仕上げといてやるよって、そう言ってやったんだ」


 おれは黙ったまま、廃墟のようになった中村さんの家と、草が生えて荒れ気味の庭を見渡した。だが、庭の端のほうをよくよく見ると、築山があって木が植わっている。つくばいなどもあって、なかなか風情がある。


 竜之さんはおれの視線に気づくと言った。

「親父さんが元気な頃は、この庭も見事だった。そのうちここも剪定などをして手入れをしていくつもりだ。欽之助、お前も手伝ってくれるよな?」


「そういうことなら、分かりました」

 おれは小説のことが気になったが、快く頷いた。小説なら夜にでも書けるし、何でも経験しておけば、小説を書くための肥やしぐらいにはなるだろうと思ったのだった。


「さて、そろそろ続きを始めるか」

 そう言って、竜之さんが立ちあがったので、おれも、はいと言って、後に続いた。


 さっきは気付かなかったが、敷地の入口に木製の立て看板があって、太マジックのへたな字で『三里四方の里』と書かれてある。


「これは何ですか」

 と聞いたら、

「三里四方の野菜を食べろってことわざがあるんだ。それから取ったんだろ?」

 と答えが返ってくる。


「どういう意味ですか?」

 重ねて聞いた。


「歩いて回れる範囲内のものを食っとけば、健康で長生きできるって意味らしい。近頃は物流も冷凍技術も格段に進歩したから、そこまでは言わねえが、せめて毎日食べるおまんまぐらいは国産のものにしたいものだ」


「なるほど、三里四方か」


「たかだか3反ばかりの土地を三里四方とは、奴も稀有(けう)壮大な名前を付けたものだ。まあ、その心意気は買ってやらねえとな」


「稀有ですか?」

 気宇(きう)壮大ではなかったっけ?


「何でもいいんだよ。確かそんな四字熟語があったろ?」



 耕運機は後日燃料を補給することとし、フェンスの設置を手伝うこととなった。まず、ワイヤーメッシュを畑の周囲に10cm程度重ねて、寝かせておく。そしてその重なった箇所で支柱を打ち込んでいくのである。


「二人だけじゃ何日掛かるか分かったもんじゃない。だが慌てることはないさ。ゆっくりやろうぜ」

 竜之さんが言った。


「じゃあ、寅さんたちにも手伝ってもらわないですか?」

 とおれは言ってみた。それを機会に、ヤンマーや英ちゃんとも仲直りできると考えたのである。


「駄目だ」

 即座に却下される。

「おれはもう二度と、トラの奴に頭を下げたくないんだ。いつかあいつの鼻を明かしてやるのが、俺の夢でもあり生き甲斐でもあるんだからな」


「またそんなことを――。じゃあ、誠に声を掛けてみたら?」


「それも駄目だ。トラの奴は、自分の息子がエリート会社員で後を継いでくれる見込みがないものだから、誠を養子にしようと秘かに目論んでいるんだ。トラ側の人間にはここは一切手伝わせない」


 なーんだ、寅さんめ。ヤンマーとおれとで二股を掛けようって言うんだな。そんな節操のない人間と仲直りするなんて御免蒙(ごめんこうむ)る。


 おれは、寅さんから養子にならないかと言われたのを思い出したのだった。軽口のようにそれを言いかけたが、喉元で飲み込んだ。寅さんはおれに、農家の後継ぎとしてだけでなく、自分には母親と違って霊力がないからというので、どちらかというと神職の後継ぎを期待してそう言ったのである。


 とは言っても、この竜之さんだって、自分の息子が歌手として成功するのを半分期待しながら、おれに保険をかけようって言うんだから同じことだ。それに、寅さんの一件を口に出そうものなら、何を言い出すか分かったものじゃない。危ねえ。危ねえ。


 どうかすると、すぐにでも役場に行こうと言い出しかねない。なーに、とりあえず養子縁組だけでもしておけば、あとは何とでもなる、なーんてね。もっともこの二人のことだ。どこまで本気なんだか分かったもんじゃない。

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