丗弐 赤虎と青虎、参上す
いくら節約しなければいけないからと言って、おれの家にも扇風機ぐらいはある。
暑くてたまらないから、風を最大にしてぶんぶん振り回す。
たまらず風鈴がちりんちりんと鳴る。
もぬけの殻の掛け軸が床の間の壁に当たり、カタカタと音を立てる。
それにしてもモンジ老には腹が立つ。
何だ妖怪の癖に。
風鈴の音にも、軸が壁に当たる音にもイライラさせられる。
そのうち、家の外からまで耳障りな人声が聞こえてきた。
「全く、昼間から働きもせずにゴロゴロとしやがって」
「どこかの金持ちのドラ息子じゃないのか? いわゆる、ごくつぶしってやつだろう」
「ふん、大方、そんなことだろうよ。お坊っちゃんだな、お坊っちゃん」
がばりと跳ね起きると、二人の男が南側の土塀の崩れた所から、こちらを覗き込むようにして立っている。
赤虎と青虎だ。
と言っても、それぞれ赤いツナギと青いツナギを着た、れっきとした人間である。
赤虎は伊勢木寅太。五十代。焼酎焼けであろう、顔も首根っこも赤黒い。いつも鉢巻を撒いている。
青虎は山田誠。おれと同じ年の頃か。浅黒い顔に逞しい体つきをしている。青虎に加えて、ヤンマーと言うあだ名を、おれは付けてやった。
何故彼らのことを知っているかと言うと、思い出すだけでも忌々しいが、ここで触れておこう。
あれは、ここに越してきて間もない頃のことだった。
この赤虎と青虎の二人組が、ひょっこりと家にやって来た。
田植えが終わったので、日照りや台風の害に遭わないことを祈って、これから夏祭りをやる。お前も地域の住民になったのだから、一緒に神輿を担げと言う。
昼間から息が酒臭いうえに、物言いが横柄なことが気に食わなかったが、夏祭りと聞いて故郷のことを思い出した。つい懐かしくなった。それに、越してきたばかりの独り者とはいえ、島国根性丸出しのこいつらから、いつまでも余所者扱いされたくもない。
それで快く了承してやったのが、不幸の始まりだった。
それから公民館に連れていかれると、まるで奴が着るような変てこな法被を着せられた。次に酒を飲まされた。
神輿を担ぐ前に飲んでいいのかと聞いたら、神様はそのほうが喜ぶんだと言って、むやみに飲まされる。
神輿は一基のみで、二本の担ぎ棒の上に、屋根付きの四角い木の箱を乗っけただけのような、実にお粗末なものだった。申し訳のように、龍の彫り物かなんかをくっつけている。おそらく大工仕事に少し覚えのあるやつが、見よう見まねで中途半端にこさえた代物だろう。
皆でしたたかに飲んで、それから神輿を担いだ。若い男はヤンマーだけで、あとは赤虎と似たり寄ったりの連中ばかりだ。それでも、皆、色が黒いうえに筋骨逞しい。その中に、よろよろしたやせっぽちのおれが一人混じっている。いや、よろよろしているだけではない。酔ってふらふらしている。
そんなおれには一向構わず、神輿は意気揚々と繰り出した。
何だ、たった一基しかない癖に。
沿道では、老若男女が待ちかねたように、身を乗り出してこちらを見ている。




