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参百拾四 ゲリマンダー

 早苗さんはそれを聞いて、一生懸命考えた。


 多数っていったい何だろう。法案は、圧倒的多数をもって可決されました、などと報道されたりするが、その圧倒的多数を構成しているのは、今まさ目の前にいる中野十一が所属する慈民党と幸民党だ。


 でもこの二つの政党の得票数と、議員の数は比例しているのだろうか。もしそうでないとすれば、人々の投票したもののうち一部がどこかに消えてしまったということになる。

 

 早苗さんは、なおも一生懸命考えた。


 そう言えば、ゲリマンダーという怪物のことを学校で習ったことがある。今では選挙の区割りなどには関係なく現れるものらしい。


 なぜ日本ではアメリカのように政権交代が実現しないのだろうか。そもそも小選挙区制とはそれが目的ではなかったのか。二大政党どころか、一強多弱だ。圧倒的多数VS圧倒的少数だ。これも野党第一党である民民党が、だらしないからなんだろうか。


 政治音痴の早苗さんが出した結論はこうだった。それはきっと、ゲリマンダーのやつが票だけでなく、人も食ってるからなんだ。


 その食われてる人間というのは、弱き人、小さき人、貧しき人たちだ。この人の言うサイレントマジョリティーだ。


 では、自分の夫は?


 腕力はあるが、権力はない。声は大きいが、それが届くのはせいぜい近隣四方までだ。お金? うーん、借金ならあるけど。




「あなたの御主人も、おそらくそのサイレントマジョリティのうちの一人なんだろうね」

 ふいに中野がそう言ったので、ちょうど今のいま、自分が夫のことを考えていたことを察したのだろうかと、少しばかり驚いてしまった。


 あいつが沈黙の多数派? 静かな大衆? うーーん、何かしっくりこないなあ。いや、何が静かなものか。いつもがなり立てたり、失敗したりばかりしているんだから。


 まあ、誠実でもあり、時に頼もしくあったりもするが……。


 でも、何て答えたらいいんだろう。今まで翻弄されっぱなしだったような感じもするから、何か気の利いた言い方でやり返せないものか。


 早苗さんは一生懸命考えた。


 あいつは決して静かじゃない。うるさい。がなり立てる。おっちょこちょいで失敗ばかりする。いつも前のめり、空回り。そこが可愛い。


 早苗さんは、思わず口元を緩めながら答えた。

「あの男にそんな大層な言葉は似つかわしくないような気がします。まあ、あえて言えば、ラウド前のめりティーってところでしょうか」


「ラウドマエノメリティー……?」

 中野は一瞬訳の分からないような顔をしたが、すぐに、

「ウワッハハハ……」

 と顔を天井に向け、いかにも愉快そうに笑った。


「こいつは可笑(おか)しい。あなたはやはり面白い人だ。ふふふ。――さて、私のつまらぬ話を長々と聞いてもらったから、次はあなたの番といこうか」


「あ、はい」


「と言っても、私の答えはすでに決まっている」


「えっ?」

 二度も続けて短い声を発することしかできなかったので、早苗さんはまた自分が間抜けな人間に戻ったような気がしていた。


「あなたと話しているうちに、気持ちが固まったんだ。自分が『てのどん』であることを思い出したものだからね」


 話の流れや雰囲気からすると、何となくいい方向に向かっているような気がしたが、もうしばらく何も言わないことにした。いちいち反応していたら、この人のペースにはまるだけだ。


「要するに、元はあなたの御主人の土地だったところで、耕作だけはさせてほしいと、そういうことなんだね?」


「あ、はい」


 思わず目をキラキラさせて言った。だめだ。つい反応してしまった。


「OKだ」


「えっ?」


 だめだ、だめだ。何て私は馬鹿なんだ。えーい、どうやって挽回してやろう。


「ただし、娘の京子に話してからになる。ご承知のこととは思うが、あの土地は娘のものでね」


 新たな所有者の名前はもちろん知っていた。だが、実際に土地の取得に動いたのは、この中野十一である。そのことは、近隣のものは皆知っている。だからこそ、手づるはこの男しかないと狙い定めて、無茶は承知でやって来たのだから。

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