参百拾壱 半分このモチ
汚いと言われたのも無理はない。冬だというのに半ズボンをはいている。半ズボンの上はセーターだったが、あちこち毛糸がほつれ、袖口は鼻水でテカテカしていた。
「まあ、あの当時はそんなガキが、至る所にごろごろしていたがね」
中野はそう言って笑った。
「しかし、まだ頑是ない子供に向かって、いい大人がそんなことを言うんだからね。こっちはただ無心に見ていただけなのに、それを変な風に勘違いするのは、自分の心が醜く歪んでいるからだ。そして、純粋無垢な子供の心まで汚していく」
しかし、そんなことを言い返すことができるわけもなく、仕方なく家に帰ることにした。
家と言ったって、これもまたひどいものだった。二間しかない平屋建てを半分ずつ、二つの家族で借りていたのだが、漆喰の壁は剥がれ落ち、下地の竹木舞がむき出しになっている。穴が開いて雨風が吹き込んでくるほどであった。
家具などは一切なかった。水屋もなければ、卓袱台もない。ご飯を食べる時は、畳の上に茶碗を置いて食べるしかない。無いない尽くしで、あるのは二組の布団だけだった。
家に帰ると、いつもはまだ働いている母が、珍しくもう帰っている。息子の顔を見て、ぱっと顔を輝かせた。
「モチをもらったから、お食べ」
そう言って、一個のモチを半分にちぎったのを彼に差し出す。もう半分は妹の分だからと、紙に包んだのを布団の間に挟んだ。水屋がないから、ネズミの用心のためにそうしたのだった。
手に取って見ると、まだ食ったことがないものだ。ちぎった所から、黒いものが少しはみ出している。一口噛んでみると、その甘くて美味しかったことといったらなかった。残りは舐めるように少しずつ、少しずつ食べた。
母もそんな彼の様子を見て目を細めていたが、食べ終わるのを見届けると言った。
「ちょっと母ちゃんはまだ用事があるからね。妹が帰ってきたら、ちゃんと食べさせてあげるんだよ」
母はそう言い置くと、どこかに出かけてしまった。
十一は妹の面倒を見るようにいつも言われていたのだが、一緒に連れて歩くのは嫌でしようがなかった。髪はボーボーで洟を垂らしているうえに、自分と同じぐらい汚い恰好をしていたからだ。
その癖、近所の子供にいじめられて泣いている声が聞こえると、ダーッと家から飛び出し、逆にいじめっ子どもをポカポカ殴りつけて妹を救い出したりもするのだった。
その妹がなかなか帰ってこない。十一は布団をめくって、もう片方のかけらを出してみた。見るだけなら減りも無くなりもしない。
すると腹がグーっと鳴った。そう言えば、朝飯に麦ごはんと、いりこの入ったままの不味い味噌汁を食っただけだ。
昼は、毎日遊び呆けている親父が何か見繕って食わせてくれるはずだったが、今日は朝からどこかにぶらりと出掛けたまま帰ってこない。
十一は、半分にちぎられたモチをもう一度まじまじと見つめた。これがモチというもので、中に入っている黒くて甘いものがあんこというものだということも知らなかった。
口の中にはさっきの味覚も食感も、まだはっきりと残っている。しかし半分食べた位では、とても満たされるものではない。逆に、もう少し食べたい気持ちがますます抑えられなくなる。
すると、腹がまたグーっと鳴った。そこで彼は思いついた。そうだ、母ちゃんが帰ってきたら、妹には食べさせたと言えばいいんだ。
それ以上は考えなかった。ぱくっと頬張った刹那だった。
「おーい、十一。今帰ったぞ」
親父の声だった。
あわてて何度か噛むと、ごくりと飲み込んだ。もちろん味なんて分からない。大きな塊が、食道を押し広げながら通っていく感覚だけだ。
彼が目を白黒させていると、
「ほらよ、焼き芋だ」
と紙包みをひょいと持ち上げてみせた。珍しく機嫌の良さそうな顔をしている。
とそこへ、母も帰ってきた。妹を連れている。
「ちょうど良かったよ。そこらへんで遊んでいたから連れて帰った。あら、あんたも帰ってたのかい? 十一、さっきのモチを出しておやり」
もちろん返事ができない。しかし、手にはモチを包んでいた紙切れが握られている。母はそれに気づくと、ぱっと布団をめくった。何度もめくり直して改める。
「十一、お前……、食べちまったのかい?」
すごい形相で振り返る。とっさに首を振った。
彼女はそれを見て、今度は夫のほうをきっと睨んだ。
「じゃあ、あんただね?」
こっちは当然、何のことか分からないような顔をしている。
「十一!」
母はまた鋭い声を出した。
その時はもう涙がいっぱい溜まっていた。こくんと頷くしかなかった。すると、母からパチンと頬を張られた。
「十一、お前……、お兄ちゃんだろ? 男だろ? 情けない」
訳を知った親父までもが怒りだした。
「てめえ、何て奴だ」
ぶん殴られて、吹っ飛んだ。




