丗 石児童、現る
いよいよ、モンジ老はとどめを刺してきた。
「若いみそらでそれみたことか。隠遁生活と洒落込んでみたところで、結局お主は、世俗の塵芥にまみれたまま、煩悩からも抜け出せずにおる。ただの性欲の塊じゃ。
わしらのことを化け物と蔑んでおるが、そういうお主こそケダモノだ。いや、ケダモノだって食うために自分で働く。お主は、親の遺産で毎日のんべんだらりと過ごしているだけではないか。
そう言う所を以て見ると、お主はケダモノ以下じゃな」
おれは再び立ち上がった。
怒りを抑えるために、おれの顔は真っ青になっていたに違いない。
「爺ちゃんが、死ぬ少し前に言っていた。モンジ老さんが出たと。そうなったらもう、読むことも書くこともままならないんだと。
おれもそうなのか? このまま世の中で何をなすでもなく、ただ呆けたように死ぬのを待つだけなのか? もしそうなら、それでいい。この家でいつまでも気が済むまで、お前の好き放題にやってくれ」
「また、お前呼ばわりか」
モンジ老はぷいと顔を背けると、バスガールのほうをチラッと見た。
相手がちょっと目配せをするのを受けると、こちらに向き直る。
「口惜しかったら、もう少しましなものを書いたらどうだ」
そう捨て台詞を吐くと、すっと消えた。
バスガールのほうは、椅子から立ち上がって少しもじもじしていたが、
「私、湯冷めしちゃったみたい。もう一度お湯につかってくる」
と言ったなり、浴室に消えてしまった。
少しは慰めの言葉を期待していたが、そんな自分が馬鹿だった。
二人の、いや二体の妖怪に、おれは完膚なきまでに叩きのめされ、ケダモノ以下と蔑まれてしまったのだ。
ボコボコにされた所為なんだろうか、急に身体が重くなる。特に肩のあたりが苦しい。
すると不意に、
「重いかい?」という声が背中から聞こえた。
「重かあないさ」と、おれは答えた。
意地を張ったのだ。
それが石児童であることに、おれはすぐに気付いたのだった。石地蔵なんかよりも、もっと重たいやつだ。
こいつは、自分の背中より大きいようなランドセルを背負っている。ランドセルの中には、教科書、ノート、筆入れのほかに、皺くちゃになった宿題のプリント。手にはお稽古バッグも提げている。お稽古バッグには、絵の具や算盤やハーモニカなどがぎっしり。
そんな子供を背負っていては、重いのは当たり前だ。
人は誰でも子供の頃から、ランドセルと一緒に何か重いものを背負い続けている。
それを何処かに打遣ってしまうのか、それとも一生引き受けて背負い続けていくのか、どちらも一つの人間の生き様であろう。
「ふふん」という声がした。
「何を笑うんだ」
「お前、少し大人になったな」
おれは何とも返事をできずに黙っていた。




