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参百四 鳥居にぶらさがった十字架

「ヘーイ、ユー。日本語だと、ねえ、あなた。――違うかい?」

 高男(たかおとこ)が身体を折り曲げながらそう聞くので、おれの眼前で十字架がぶらぶら揺れた。


「ねえ、あなた。何だい、お前?」

 そう繰り返すように言って、おれの顔を覗き込むと、

「ハッ」

 と声を出して、本当に可笑(おか)しくてたまらないように再び腹を抱え込む。


 次に、白いピカピカの靴で地面を蹴りながら、テンポよくタッタカタッと鳴らした。


 しかしすぐにそれもやめ、

「昭和かよ」

 と締めくくった。


 やれやれ、またまた変なのに遭遇しちまった。オイさんなら最初から振り返らなければいいが、前からやって来るんだもの。


 しかも新種で舶来品の妖怪だから、爺ちゃんに聞いたこともない。これでは対処の仕方が分からない。


 妖怪はおれを見下ろしながら言った。

「ヘーイ、ユー。僕の股の下を(くぐ)ってみな」


 よく見ると、男の赤いズボンは鳥居の形をしている。舶来品ではなくて和洋折衷だ。


「ハイ、さようなら」

 何とかこいつもやり過ごすしかない。


 ところが、高男はおれの前に仁王立ちしてたちはだかった。十字架をぶら下げた鳥居が仁王立ちするって……、和洋折衷プラス神仏混淆だ。


 高男は腕組みをしておれを見ろしながら言う。

「ははーん、潜れないんだな。怖いかい?」


「怖かないさ」


「だって君は、彼女のほうからあの話を切り出すのを待っていたじゃないか」


「あの話って、別れ話のことか?」


「誤魔化すなよ。例の話だよ」


「……」


「君は終始受け身だったね。彼女が自分から打ち明けてくるのを、君は内心期待していたんだ。なのに彼女はそれをしなかった。それで、いよいよ別れるしかないと君は思った。しかも別れ話まで彼女のほうから切り出すのを、君はこっそり待っていたんだ。違うかい?

 しかし、それは卑怯ってもんだ。何故自分から踏み込まなかったんだ。怖気(おじけ)づいたんだろう」


 こっちから踏み込めだって? それは他人の家に土足で上がり込むどころの話ではない。そんなことができるものか。しかも、本人の知らないうちに、彼女の父親から聞いた話なんだぞ。それをこちらから持ち出して、おれはそんなことは気にしないから安心しろなどと、善人(づら)して言えばいいのか? 何だか、相手の弱みを握って優位に立とうとしているみたいだ。それじゃあ人間の屑ってもんだ。


「他人? 君は彼女のことを他人だと言うんだね?」


「そうさ。自分以外は他人だよ。他者の課題に首を突っ込んでは不可(いけな)い。アドラーがそう言っている」


「ほお、うまくアドラーを利用したね」


「何だって?」


「踏み込むって、何も僕はその『他者の課題に介入する』という意味で言ったのではない。受け入れるんだよ。何も言わず素知らぬ顔をしていればいいんだよ。そんな彼女をそのまま受け入れればよかったんだ。そうすればそこに共感性が生まれていたはずなのに」


「共感性……?」


「さあ、僕の股の下を潜るんだ。そしてすぐに下北沢のほうに向かうんだ。今からでも間に合うさ」


「そう都合よく逢えるものか。ドラマじゃあるまいし……」


「逢えなくったっていいじゃないか。無駄なことでもいい。愚かでもいい。やってみるんだよ」


「……」


 おれが黙っていると、高男は身体を折り曲げ、おれの顔の真ん前まで赤ら顔を近づけて言った。

「何してるんだ。早く行けよ。見っともなくたっていい。笑われたってもいい。泣き叫びながらでも彼女を探し回るんだ。さあ、勇気を出して」


「で、できない。おれには無理だ」

 おれは鳥居の前で、さっきのチョウナンカイと同じように、がくりと膝をついた。しかし、決してくぐりはしなかった。


「ふん。気位ばかり高いんだな。仕方のない奴」

 高男は蔑むようにそう言うと、表参道方面にステップを踏みながら消えていった。


 やれやれ、見事に急所を(えぐ)られちまった。そうだよ。おれという奴は、見栄っ張りのくせに、愚図でのろまで卑怯者で……。えいっ、きりがない。こんなおれに人を愛する能力なんかないさ……。


 道行く人が怪しむようにおれを見ながら通り過ぎていくので、おれは急いで立ち上がった。そして、あの新種の妖怪に、ラポール鳥居と渾名(あだな)をつけてやった。

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