三百壱 変な姉弟
気が付くと、街はもうクリスマスの装いを始めている。樹々はイルミネーションに飾られ、商店の入口には早々とクリスマスツリーさえ置かれているところもある。
若い男女や家族連れが楽しそうに歩く中を、一人の幼児がやって来て、おれの前に立ちふさがった。
可愛い顔をしていたが、ぼさぼさの髪のてっぺんを紐で結び、地面まで届くような茶色の着物をしどけなく着ている。
「君は……?」
「我が名はチョウヤッカイ。永遠の過去から永遠の未来まで父母未生以前の我を尋ね歩くものなり」
「さようなら」
可哀そうだが関わりたくない。それに足も疲れてきた。おれはその子に手を振って、その場を去ろうとした。
「おい、待てよ」
男の子は前に出ると、おれの手を取った。
「あれを買ってくれ」
指差す方向を見ると、店頭に飾られてあった大きなサンタクロースの人形だった。
「あれは売り物じゃないからね」
「いやだ。買って、買って」
子供は駄々をこねるように、おれの手を振り回す。
「駄目だよ。それに買えたとしても、見ず知らずの子にそんなことをしたら、誘拐犯と間違えられてしまう」
すると子供は、おれを見上げながらさらに言った。
「じゃあ、僕を一緒に連れていって」
ますます誘拐犯だ。
「駄目だったらダメ。すでにおれには、自分自身というやっかいな子供がいるんだから。これ以上は抱え込めないよ」
「どうしても駄目だと言うんだな。じゃあ、僕にも考えがある」
男の子はそう言うと、草履をぺたぺたとさせながら走っていくと、すぐにその場で寝ころんだ。
仰向けになって手足をバタバタさせながら、
「連れていっていってったら、連れていってよお。エーン」
と泣き叫ぶ。
どうせ誰にも見えないんだから……。
おれは無視を決め込み、その脇を通り過ぎようとした。
「おい、待ちな」
今度は小学生ぐらいの女の子が立ちはだかる。
「よくもあたいの弟をいじめてくれたわね。仇討ちをしてやる」
女の子はポニーテールに水色の振袖という姿だったが、着物の丈は膝までしかない。
「ハイ、さようなら」
「だから、待ちなってば。我が名はチョウナンカイ。あたいと勝負だ。これからクイズを三問出すからね。3秒で答えられなかったら、あんたの心臓をこれで一突きだ」
見ると、何時の間にか火箸のようなものを一本ずつ交差させて構えている。
「こいつは、ヤケ火箸だ。地獄の業火で焼かれた人の骨を拾ったものでね。あんたのそのやわな心臓などひとたまりもないんだから。じゃあ、いくよ。まず1問め――」
「何を勝手なことを。じゃあね、バイバイ」
「待てよ、逃げるんじゃない。1問め、いくよ。無から有は生じるのか。有は無に帰してしまうのか。さあ、どうだ」
「いや、だから……」
「3・2……」
「待て! そんな問題は宗教家か、哲学者か、或いは物理学者に任せとけばいい」
「くっ。正解だ」
せ……、正解なのか?
「次、第2問」
「むむ」
「世界には始まりと終わりがあるのか。それとも永遠の過去から永遠の未来にわたるまで続いているのか」
「む……、その答えが出たら何かの役に立つのか?」
「くっ。正解だ」
そ……、それも正解なのか?
「質問に対して質問で答えるとは、高等な技を心得ているな。なかなか手ごわい奴。じゃあ、3問めだ。最後は本当に超難問だから、覚悟しろ。いいか、いくぞ」
「よし」
「愛は、どうだ?」




