廿八 欽之助、妖怪にとっちめられる
すると、バスガールの横に、何かがドロンと現れた。
「何の用じゃ」と不機嫌そうに言う。
どうやらこいつがモンジ老さんらしい。
山羊髭を生やして、顔が染みだらけの老人であったが、何ともはや、珍妙な恰好をしている。
叺というのか、筵を二つ折りにしたような四角い袋から、貧相な顔と裸の手足だけを、まるで亀のようににょきっと出している。
よし、バスガールに続いて、今度はこいつをとっちめてやろうと思った。
「あんた、いったい何てことをしてくれたんだ。おかげでこっちは大迷惑してるんだ。どうしてくれる?」
すると老人は、ぎろりとこちらを睨んだ。
「お主、わしを見下しておるな」
「いや、決して見下してなどは……」
たちまち弱腰になる。
「見下しておるから、わしのことを、あんたなどと呼ぶんだ。その前は、こいつをとっちめてやろうなどと思っただろう。人の風体だけを見て、人間性を判断しているのか? お前のようなやつを、本当の賤しい人間と言うんだ」
人だって? 人間だって?
おっと不可い。制御だ、制御。
「わしはな、これでも自分のことを、世の中で一番裕福だと思っている。何よりも衣食住の全てにおいて満ち足りておるからな」
「衣食住……ですか?」
おれはぽかんとして呟いた。
バスガールは、そんなおれを面白そうにニヤニヤしながら見ている。
老人は自分の胸のあたりをポンポンと叩きながら、
「そうじゃ、これがわしの着物でもあり、寝床でもあり、棲み処でもある」
と、誇らしそうに言った。
「そして、食は文字さえあれば足りる。しかも、世界に決して尽きることがない。もっとも、最近は、やれW不倫だの、やれ忖度だのに関する記事ばかりで、あまり旨いものにありつけないがな。ハッハッハッハ」
何がハッハッハッハだ。
おれはまた怒りが込み上げてきた。
「あんた、いや、あなたの嗜好のことなどどうでもいいんです。問題は、私が悪戦苦闘しながら執筆しかけていた原稿を、あなたが無残にも食べてしまったことなんですよ。
しかし、あなたには乱れ髪が出ないようにしてくれた借りもあります。これまでのことはもう帳消しにして差し上げますから、今後一切、こんなことはなさらいように願います」
相手は、「ほほお」と一声発したまま、こちらを見ながら山羊髭を捩じっている。
何だか、厭な感じがした。
老人は再び口を開いた。
「あんな不味いものを食わせおって、よくもまあ、ほざいたものよ。わしが食っておらねば、朝になってお主は、自分の下手な文章を読み返して、嘔吐を催していたところじゃ。わしに感謝しこそすれ、怒るとは何事じゃ」
傲然と言ってのける。
何か言い返そうとした途端、すぐに畳み掛けてきた。
「それにお主は、無謀にもあれをネットに投稿しようと考えていたんだろう。あんなものを、たまたま出合い頭のように読まされたほうの身になってみろ。嘔吐どころか、トイレに駆け込んだ挙句に、汚いものを上からも下からも噴水のように排出しながら、断末魔の悲鳴を上げる羽目に陥ってしまうところじゃったわい。
お主はネットの威力を知らんのか。一度投稿したが最後、次々に拡散して何万、何十万という罪なき人々が犠牲になるんだ。いや待てよ。今までお主がいくら投稿したって、それこそ出合い頭のようにせいぜい一人か二人来るだけだったのお。その者たちには申し訳ないが、被害が少なくて良かった」
いやはや、よくもまあこれだけ、矢継ぎ早に悪態を付けるものだ。
おれは、わなわなと身体を震わせながら椅子から立ち上がった。




