弐百六拾九 百年の呪いと千年の言い伝え
「お前がさっきからこだわっているというのは、そういうことだったのか」
「うん。美登里ちゃんが言ったの、百年の呪いが解けるのが私たちの夢だったわねと。それで私も答えた。確かにそう、それがみんなの願いだった」
「うん、それで?」
「でもそれだけじゃない。この村には、その前から千年の言い伝えがあった」
「ああ、あれか。千年の後に、この村にえらい別嬪が現れてこんにゃく様を再興するという」
「そう。そしてほら、あんたもさっき言ったじゃない。その美女がこの村を繁栄に導いてくれるという。それこそが私たちの夢、私たちの希望だった」
「うん。まあ、こんにゃく様は抜きにしても、この活気を失ってしまった田舎を再興したいというのは確かにある。そのために俺たちは頑張ってきたんだ。いろいろ補助金なんかを活用してな」
「こんにゃく様は抜きにはできないよ」
「えっ?」
「頑張ってどうにかなった?」
竜之さんは黙ったまま、怪訝そうに妻の顔を見つめた。
彼女は続けた。
「私たちはもう散々頑張ってきたじゃない。それでどうにかなった? その補助金とやらを使って。だって農業も田舎も、ますます廃れていくばかりなんだよ。食糧の自給率はさっぱり向上しないし、農家の減少と高齢化には歯止めがかからない」
「早苗、何時の間にそんなことを考えるように?」
「アンタが苦しんでいるのを見て、私なりに一生懸命勉強した」
「う、うん。それは有り難いが、しかし、だからと言ってどうすりゃいいんだ……」
「どうにもならないわよ」
相手はずっこけた。
「お、お前、それを言っちゃあおしまいだよ。フーテンの寅さんじゃないが、ヤケのやんぱち、日焼けのなすびってやつだ」
「色は黒くて食いつきたいが、わたしゃ入れ歯で歯が立たないってね。そうだよ、歯が立たないんだよ、私たちには」
「だからと言ってどうすりゃいいんだ……」
「どうにもならない」
二人で同じことを繰り返している。
一瞬押し黙ったあと、早苗さんが再び口を開いた。
「政治も行政も一生懸命やろうとはしているのかもしれない。でも、何かが間違っているんだよ。いや間違っているというのは、言い方が良くないわね。どこかでボタンを掛け違っているって言ったほうがいいのかな」
「それはどういう意味なんだ?」
「ものの見方、考え方を根本的に改める必要があるっていうか――。無責任だけど、それ以上難しいことは私には分からない。でも、直感的に閃いたの。私たちにはこんにゃく様があるって」
「ええっ?」
竜之さんは目を回している。
「おいおい、結局、宗教頼みなのか? あんな潰れかけたボロボロの神社に何ができるもんか。あんなのはまやかしだよ。麻薬みたいなもんだ」
そう言ったあと、自分の語気の強さに気付いたのか、ちょっと赤くなってうつむいた。
「アンタはこんにゃく様のお祭りの時は、いつも一番張り切っているよね」
気分を害した様子もなく、早苗さんは静かに言った。
「ああ、うん」
「アンタがみんなの先頭に立って、みんなをまとめてさ。そんな時は、喧嘩友達の寅さんとさえうまくやっているじゃない」
「そ、そうかな?」
また借りてきた猫に戻っている。
「私はそこに希望を託したい。ううん、別にこんにゃく様にまつわることじゃなくてもいいんだよ。みんなで連帯して大切なものを守っていくというか、そこに何らかの活路が見い出せないだろうかって。こんにゃく様はその象徴なんだ」
そう言って、おれのほうを振り向く。
「むむむ……」
竜之さんは天井を仰いで考え込んでいる。
「だから、欽ちゃん、あんたの出番だよ。登世さんが言ってたそうね。こんにゃく様を再興する美女が現れたっていうのも、あんたとの縁がそうさせたんだって。ね、のっそりひょんさん」
えっ、そこ? そこに来るの?
「そうだな。俺もその話に乗ることにしよう」
とタチュユキさん、いきなりのまた手のひら返し。
「そうと決まったら、早くあの京子さんと結婚しろよ。俺たちも応援するからさ。そうだ、俺の土地だったあの土地。すぐに取り戻すのは無理だとしても、せめて小作だけでもさせてもらえないだろうか。お前、話をつけてくれないか?」




