廿六 欽之助、堪忍袋の緒がぶち切れる
横着にも、おれがデパートで奮発して買った白いバスローブを、さも当たり前のごとく身にまとっている。
バスローブは、今治産のタオル地を使った贅沢品だ。少し恥ずかしかったので、店員には彼女へのプレゼントだと言いつくろった。元恋人の中野京子がもしこれを着たら、いったいどんなだろうかなどとつい想像して、胸をドキドキさせてしまったが。
バスガールは怒った顔で、向かい側の椅子に腰かけ、脚を組んだ。両腕も組んだままこちらを睨んでいる。不覚にも、これにも胸がドキドキして頬が紅潮するのが自分で分かった。
向こうは濡れた髪をタオルで拭きながら、のたまった。
「で、いったい何の用?」
またこの前と同じように、すっかり勝ち誇ったような顔をしている。
なぜおれは、こんなやつに、こんなに大きな顔をされなければいけないのだろう。
「あれ? 君――」
おれは、はっとした。
「君はたしか、鏡の中にしか現れることができなかったんじゃ……」
「だから一番最初に言ったじゃない。相談させていただきますので、白いバスローブを用意してくださいって。これを身につけてさえいれば、人前に出ることができるってえの。電気代とガス代を払えなんて、しみったれたことを言ってきたのは、ど・な・た? あんたさあ、頭鈍いんじゃないの?」
やれやれ、いったいどこまでおれに高飛車な態度を取り続けるのか。こうなると、かえって腹も立たない。ところがどっこい、本当のところは、バスローブ姿に鼻の下を伸ばしていただけなのかもしれない。
おれはいささか目のやり場に困りながら、大事な要件を切り出した。
「僕はたしかに、乱れ髪が出なくなるように君に頼んだ。しかし、まさかそれを、モンジ老さんにやってもらうとは思ってもみなかった。おかげで、郵便物や新聞はおろか、おれの書いた大事な小説原稿まで食べ尽くされてしまって、ほとほと困っているんだ。何とかしてくれないか」
「へえー」
向こうは薄ら笑いを顔に浮かべている。
「小説原稿ねえ。なんか面白くも何ともないのを書いてたみたいだけど。あんなのどうだっていいじゃない。何をそんなに真剣な顔をして言い出すのかと思ったら。ああ可笑しい」
そう言って、本当に腹を抱えて笑い出した。
これが俺の逆鱗に触れた。
こいつめ、一番言ってはいけないことを――。
ついにおれは声を荒げてしまった。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。化け物だから人を化かすだけではなく、人を馬鹿にするのも商売なのか? 人を食ったようなことを言うだけでなく、仕舞いには本当に人喰いになるんじゃないのか? お前はしょせん、化け物なんだろう。それならそれで、おれにも考えがある」
バスガールは、おれの剣幕に驚いたかのように両目を大きく見開いた。組んでいた脚を元に戻し、こちらの顔を一心に見つめている。
ここだ、と思った。これまで余りにものさばらせ過ぎた。ここらでしっかり意見してやらねば。そして何よりも、モンジ老のこれ以上の狼藉を止めてもらわないといけない。