表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
262/514

弐百五拾九 欽之助、難癖をつけられる

「ほれ見ろ。言わんこっちゃない」

 竜之さんはまた彼女の横に座ると言った。

「勝手に大学を辞めるわ、ミュージシャンになるなんてほざくわ……。それで、少しは芽が出そうなのか?」


「だめ! ダメ! 駄目!」

 激しく首を振る。

「食べていくのに手いっぱいで、音楽活動なんてほとんどできてないみたい。それに、あいつに才能がないのは、私たちが一番よく知っているじゃない」


 もうこれ以上、ここの家族のことに立ち入ってはいけないだろう……。


 おれはここで、敢然と立ち上がった。

「奥さん、済みませんでした。僕はこれで失礼させていただきます」


「奥さんだなんて、やめてよ。気持ちの悪い。これからは名前で呼んでね。私もあなたのことを欽ちゃんって呼ばせてもらうから」


「有難うございます。それじゃああらためて、――早苗さん、これからどうぞよろしくお願いします」


「帰るって言うのか?」

 竜之さんが横眼で見ながら言う。


「はい、夕べはお世話になりました。それにもう一度謝ります。本当に申し訳ありませんでした」

 おれは深々と頭を下げると、その場を去ろうとした。


「だめだ」

 と竜之さん。


「えっ?」


「まだ帰っちゃいけない。何しろお前は、うちの家族のことにまで口を出してきたんだからな」


 口を出したなんて、そんな……。

 困惑していると、早苗さんが言った。


「うちのことでこの人が?」

 首をかしげながら夫の顔をのぞき込んでいる。今度はこちらを振り返った。

「教えて、欽ちゃん。うちの家族が何だっていうのよ」


「いえ、それはその……」


「こいつはさっきの妖怪のことだけじゃなく、うちの子供たちのことまで持ち出して、お前が帰ってくることを予言したんだ」


「へえー、どんな根拠で?」


「一つはあのパラシュート娘だよ。だから俺は反対したんだ。あんないけ好かねえ野郎と結婚したばっかりに、しょっちゅう喧嘩しては孫を連れてうちに帰ってくる。そのまま何週間も居座っては、家事を手伝うでもなく毎日ぐーたらしていやがる」


「それってパラサイトでしょ?」


「パラサイト? 何だそりゃ? パラシュートだよ。落下傘みたいに帰ってくるじゃないか」


「それであの子がどうしたって言うの?」


「そんな娘が、お前が二週間もうちを出ているっていうのに、平気の平左衛門を決め込んでいるのはおかしいって言うんだよ」


「なるほどね。でも、それだけじゃ私がここに帰ってくる根拠にはならないと思うけど?」


「もちろん、それだけじゃない」

 竜之さんがすぐにそれに応じる。


「あとは何だっていうの?」


「何でも、ここにはお前の好きな家具や調度品がそろっていて、鍋や釜、塩コショウもふんだんにある。花もきれいに植わってある。そこにあの憎ったらしい娘が可愛い孫を連れて帰ってくる。

 だから、その、そういう、俺を中心としたここの生活の場にお前が満足し、愛してもいるって、確かそんなことだったかな?」


「ふーん、あんたを中心としたここの生活の場か……」

 早苗さんは、また例の意地悪そうな表情を浮かべ、ちらっとこちらを振り返った。


 美登里さんは素直な性格だが、この人は少し癖がありそうだ。京子に似ているかもしれない。


 それにしても、竜之さんを中心とした、とは言っていなかったはずだが……。


 ぼんやりとそう考えていたら、

「ねえ、欽ちゃん」

 と声を掛けられた。


「あなたって、本当に面白い人みたいね。お願い、もう少しつきあってくれるかしら。いまコーヒーを()れてあげるから」


 おれは少し躊躇した。すると、

「何をうじうじしてんのよ。早くお座りなさい」

 と言下に言われる。


「はあ……」

 仕方なく、また元の場所に腰を下ろした。どうやらおれは、人に命令される性質(たち)らしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ