表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
259/514

弐百五拾六 男ども、手玉に取られる

「バーカ。男と言ったって、八十八(やそはち)の所だよ」


「八十八の?」

 竜之さんはそう聞き返すと一瞬相好(そうごう)(くず)しかけたが、すぐに怖い顔で言った。

「あいつは勘当したと言ったはずだ」


「あんたが勝手にね。私は勘当なんかした覚えはないから」


「あのお、竜之さん。おれはこの辺でおいとまさせていただきます」


「タチュユキでいいのよ」


「えっ?」


「だからこんな奴、タチュユキって呼び捨てしても構わないから」


「いや、そんな……」

 おれは苦笑する。


「ああ、いいとも。現に夕べもそう呼んだじゃないか。お前には特別に許してやる。何しろ、早苗が帰ってくることを断言してくれたんだからな」


「こののっそりひょんさんが? へえー、何を根拠に」

 早苗さんは少し意地悪そうな表情で、こちらを振り向く。


「はあ……」

 おれはいささか躊躇しながら、彼女に化けたと考えられる妖怪の話を始めかけた。


「妖怪?」

 早苗さんはいったん怪訝そうな顔をしたが、すぐに吹き出した。

「あなたたち、朝から何言ってんのよ。二人とも飲み過ぎたんじゃないの? あー、おかしい。噂どおり面白い人ね」


「酔っぱらっているって、俺たちが夕べ一緒に飲んだのを何故知っているんだ」

 今度は竜之さんが不審そうな顔をする。


「美登里ちゃんとはいつもLINEで連絡を取り合っているからね」


「何、美登里さんと? じゃあ、お前の所在も知っていたのか?」


「もちろん」


「もちろんって、ひょっとしてトラの奴も知ってたってことはないだろうな」


「さあ。でもあの二人、あんなふうだけど結構仲いいからね。絶対誰にも言わないでねとは念を押してたけど、寅さんにだけは教えてた可能性もあるわね」


「むむむ。そいつは気に食わないな。気に食わないぞ。お前の行方を肝心要(かんじんかなめ)のこの俺が知らなかったっていうのに、トラの奴は知ってたっていうのか」


 ふらりと立ち上がり、虎の皮の敷物を憎々しげに見下ろしている。それから歯をギリギリさせると、こいつめ、こいつめと言いながら、何度も踏みつけた。


「それで、さっきの話の続きを聞かせてくれる?」

 早苗さんは、そんな夫の行状を無視するように再びこちらを振り返る。

「さあ、そんな所にいつまでものっそり突っ立ってないで、お座りなさい。私に化けた妖怪がどうしたって? 興味あるわね」


「いや、待て」

 と竜之さんが言った。

「ここに座るには儀式が必要なんだ」


「儀式ですか?」


「そうだ、儀式だよ。座る前にこいつを三度踏みつけるんだ。こうやってな」

 またドスドスやり始める。


 やれやれ踏み絵じゃあるまいし。こいつはあくまで虎の皮の敷物であって、寅さん自身ではない。


 だから竜之さんの気に入るようにしてやってもいいのだが、しかしそうは言ってもやはり抵抗がある。でもそれじゃあ偶像崇拝になってしまうし……。


「あなたも馬鹿ね。何、こんな奴の言うことを真に受けてぐずぐずしてんのよ。いいから早くお座んなさい」


 また爽やかに馬鹿ねと言われたおれは、苦笑しながら言われたとおりにするほかなかった。


「ふん、俺の言うことを聞いてくれるのは孫だけだ」

 竜之さんはそうこぼしながら、妻の横に座る。


 早苗さんはそんな夫を押しやるようにしながら、また尋ねてくる。

「で、何、何? その私に化けた妖怪がどうしたって?」


 おれは頑張って説明を試みた。 

「妖怪は人間に化けたがるんですよ。何故なら、人間が好きだから。でも、しょせんはあやかし。似ているけど全然違う。でも、その変に似ている所が、案外真実を現していたりするんです」


「分からないわね。もっと具体的に言ってよ」


「そいつは俺の口から話したほうがいいだろう」

 竜之さんはそう言うと、例の洟垂姉弟(はなたれきょうだい)の話を奥さんに聞かせてあげたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ