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弐百四拾 竜之さんの意外な一面

 目が覚めると、見たこともない座敷の真ん中におれは寝かされていた。長押(なげし)には、お爺さんとお婆さんの写真が掲げられている。


 どちらも和服姿だ。お爺さんは痩せて髭を生やしており、威厳がある。お婆さんはにこにこしていて、優しそうである。


「お前さんはいったい、どこのどなたなんだい?」

 二人ともそう尋ねてきたので、おれは起き上がって、逆に問い返した。

「ここはどなたのお宅ですか?」


 すると、襖がそっと開いた。リーゼントに鉢巻き姿の竜之さんが、ひょろりと立っている。

「起きたか。気分はどうだ」


 おれは布団の上に、あわてて正座をした。

「だいぶ、いいです」

 頭がズキズキしたが、とりあえずそう答える。


 おれが遺影を見上げていたのに気づいたのか、竜之さんは言った。

「親父とお袋だよ。ついこの前まで一緒に百姓をしていたのに、相次いで死んじまった」


 立派な御両親から、どうしてこの人のような暴れん坊が生まれたんだろう。


 おれはそう思いながらも、

「そうだったんですか。お寂しいことでしょう」

 と言った。


 今日はだいぶ念が制御できているようだ。というよりも、昨日は酔っぱらって念が駄々洩れだったから、その反動かもしれない。


「まあな」

 竜之さんは鉢巻を取ると、遺影を見ながらしみじみと言う。そのまましばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。


「親父は学校の先生で、最後は校長まで務めた」


「農業はどうされていたんですか?」


「百姓は、お袋と祖父母で切り盛りしていた。いわゆる三ちゃん農業って奴だよ」


「三ちゃん農業?」


「そうだよ。じいちゃん、ばあちゃん、母ちゃんのな。大きくなって俺も手伝うようにはなったが。

 親父は御養子様でね、さんざん奉られ、ちやほやされて頭に乗っていたんじゃねえのか? 校長を務めあげるまではいっさい手伝うことはなかった。やれ部活だ、やれ生活指導だ、挙句の果てには日教組の役員か何かで、始終飛び回っていたな。

 学校の先生だか校長先生だか何だか知らねえが、てめえの子供の面倒はいっさい見ることはなかった。そのくせやたら厳しいことばかり俺に言う。俺はそんな親父に反発して、ぐれちまったんだ」


 おれは何も言うこともなく、黙って聞いていた。

 竜之さんは最後に言った。

「そんな親父も、定年退職してからは急に百姓に精を出すようになった。俺と一緒にな。親父とまともに話をするようになったのは、それからさ」


「そうだったんですか。僕は大学生の時に父に死なれたんで、いっしょに酒を酌み交わす機会もなかった。親父と男同士の話がしてみたかったです」

 そう言いながら、寅さんのことを思い出した。


 あの人には本当に悪いことをしてしまった。乱暴者だが、根は優しい人なのだ。もう一度、きちんと謝らなければ。


 でも赦してくれるだろうか。もう取り返しがつかないのでは?

 そう考えると、泣きたくなった。


 おれがそんなことを考えているのを察したのか、竜之さんは言った。


「トラが自分の家にお前を泊めるっていうんで、みんなして抱えていこうとしたんだが、どうしてもお前が言うことを聞かない。

 この俺に向かって、言うんだよ。おい、タチュユキ、おれはまだあんたに話があるんだ。あんたも言いたいことがあるだろう。だから今夜はとことん飲み明かそうじゃないかってな。それで仕方なく俺の家に連れ帰った。帰り着くなりバタンキューさ」


 おれはまたいつかのようにその場を飛び退()さり、布団の上に頭を擦り付けて土下座をした。


「大変な無礼を働いた上に、御迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ございませんでした」


「いいってことよ。あのままトラの家に泊まったって、お互いに気まずい思いをするだけだろうし。とにかく、みんなにもちゃんと謝るんだな。一人じゃ気が引けるだろうから、俺が一軒一軒連れて行ってやるよ」


「お願いします。お願いします」

 おれは何度も何度も、布団に頭をこすりつけた。本当は涙が出てきたのを隠すためでもあったのだ。


 すると、頭のそばに何かが落ちる感触がした。一枚のタオルだった。

「顔でも洗ったら、居間でテレビでも観とくといい。何か食い物でも見繕ってやるから」

 竜之さんはそう言って、立ち去った。


 言われたとおり、洗面所で顔を洗った。改めて見回すと、立派な家のようである。しかし、何となく汚れているし、何だか悪臭も漂っている。そう言えば、おれの寝ていた和室の障子は破れたままだったし、襖の落書きも放置したままだった。

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