弐百参拾参 虎が竜を制す
「よし、それで決まりだ」
寅さんが引き取って言った。
「今から直ちに、『こんにゃく様の再建を考える有志の会』に名称を改める。――それで、役員の件だが、今のところわずかこれだけの人数だ。とりあえずは会長と副会長だけでいいと思っている。異存はないな?」
「異議なし」
「それでは、会長または副会長に立候補のご意志のある方は挙手を求めます」
寅さんが急に口調を改めてそう言うと、皆、急に顔を背けたり、うつむいたりしている。
「立候補する方がないようですので、当方に腹案がございます。それを発表し、ご承認いただくということでよろしいでしょうか」
これにも「異議なし」の声。
「それでは発表します。まず会長ですが、窪田竜之君を推薦します。それから副会長には、添田英彦君を推薦します。皆様、盛大な拍手をもってご承認をお願いします」
「ちょ、ちょっと待て」
竜之さんがあわてて立ち上がった。顔を真っ赤にしてリーゼントから鉢巻をむしり取る。
「俺はそんなこと、何も聞いてないぞ。なんで俺なんだ」
「なあ、タツ。お前は今まで、こんにゃく様の行事に人一倍熱心だったろ? 夏祭りなんかは、お前がいないと始まらないぐらいだよ。そうだろう?
そうそう、皆で示威行進をして地上げ屋を降参させたこともあったじゃないか。トラクターやコンバインに筵旗をなびかせながらな。お前がいなかったら、俺もあんな無茶はできなかった。お前には皆を引っ張っていく力があるんだよ。だからお前以外にはいないと、俺は思っているんだ」
「ふん、だから何だってんだ。俺はなあ、トラ。神輿をかつぐのは好きだが、かつがれて会長になるなんざあ、まっぴらごめんだ。断る」
「神輿をかつぐのは好きなんだな?」
「ああ。たった今そう言ったじゃないか」
「かつぎたくても、肝心な御神体がいなくなったらどうしようもないぜ」
「俺のせいじゃない」
「お前のせいじゃなくても、誰も引き受け手がないせいでこんにゃく様がぶっ潰れちまえば、当然神様もいなくなる。そうすれば、神輿をかつぎたくてもかつげなくなるじゃないか」
「何だと……? コノヤロー、変な理屈ばかり並べたてやがって。俺の知ったこっちゃない。勝手にするんだな」
竜之さんはそう言うと、ドスンと腰を下ろした。リーゼントの上から再びぎりぎり鉢巻を絞め直し、寅さんを睨み付けている。
「なら、勝手にさせてもらうよ」と、こちらはまったく意に介さない様子。
「そうそう、これはうちのお袋の推挙でもあるんだ。たっちゃんがいいだろうってな」
「なに、登世さんの?」
「ああ、そうだとも。お袋はお前の名付け親だ。親父さんに言い聞かされているはずだ。ひょっとしてお袋の恩をあだで返すつもりか」
それを聞いた竜之さんは、腕組みをしてむーっと唸っている。
こちらはしたり顔で、とどめを刺す。
「うちのお袋がいなかったら、お前は蛇として生まれ、親父さんを取り殺してしまうところだったんだぞ」
「わ、分かったよ。やればいいんだろう、やれば」
とうとう音を上げたように竜之さんは言った。
後で聞いたところによると、彼の父親は、子供の時分に一匹の蛇を棒で叩き殺した。そいつが死ぬ間際に言ったという。
わしはお前の子供となって生まれ変わる。そして必ずお前に復讐をしてやると。
ところが、父親はその後成長していくにつれ、そのことをすっかり忘れてしまった。思い出したのは、妻から妊娠を告げられた時だった。
忽然と蛇の一件を思い出した父親は、急に怖くなる。しかし、まさか妻にそのことを話したうえで出産を思いとどまらせるなど、できるわけがない。念のために医師にも相談したが、一笑に付されただけだった。
藁をもすがる思いで登世さんに相談したところ、直ちに修祓式を行い、蛇の霊を祓い清めてくれたそうである。「竜之」という名前を付けたのは、蛇の魂がすでに慰められ、竜に浄化したことの意味であるとのことだった。
「こんな俺で良かったら、会長として誠心誠意務めさせていただきます」
竜之さんがそう挨拶すると、皆の拍手で承認された。
「本当はな、タツ。お前には、今日の勃起人もしてほしかったんだが」
皆が白けた顔をしているので、寅さんはあわてて続けた。
「それでは、副会長の件ですが、添田英彦君ということでこちらもご承認いただけますでしょうか」
満場一致の拍手をもって、これもすんなり承認された。
ちぇっ、村人Aのくせして意外に人望があるんだ。




