廿弐 欽之助、自己の能力に目覚めるか
このおれが言葉以上の何か強い力を発している? そしてそのことによって、自分の意志や感情を、他者に伝えることができているって……?
「そのとおりです。現にこうして今、あなたは言葉を発しないまま、私と会話しているじゃありませんか」
「…………」
おれは初めてそのことに気づき、まじまじと相手の顔を見つめた。
「やっと、お分かりになりましたね」
コイブミはしてやったりと言う顔で、自分の長い顎鬚を揉みしだいている。
そこでおれは試してみることにした。思いの丈を、その思いの中だけで一気にぶちまけてみた。
いいでしょう。百歩譲って、あなたの仰るとおりだとしますよ。そうすると、乱れ髪のことも当然あなたは御存じだということになる。では何故彼女は、あんなにしつこく僕の所に現れるんでしょうか。
僕は言葉に出してもはっきり言いましたよ。いい加減にしろとか。よしてくれとか。少しは遠慮するがいいとか。
しかし、あなたのおっしゃるとおりだとすれば、言葉で言わずとも僕がいかに迷惑しているか、彼女には分かっているはずだ。恋にも破れ、もう小説を書くこと位しか僕には残されていないというのに、彼女のせいでそれさえもかなわないのだから。
にもかかわらず、毎晩毎晩出てきては、僕を睡眠不足どころか神経衰弱にまでさせてしまうというのは何故なんですか? 単に面白がっているだけなんですか? あやかしだから、人間を脅かしたり苦しめたりするのが楽しいだけなんですか。
それとも何か別に目的が……。何か僕に伝えたいことが……。
然し、それが分からない以上、僕に何ができるでしょうか。結局僕は、自分の力で今の苦境から抜け出すことなんてできないんだ。
……できますよ、という声が聞こえた。
いや、聞こえたのではない、響いてきたのだ。それも頭ではなく、心の中に。
コイブミがじっとこちらを見つめていた。
あなたは、言葉を発することなく、自分の意志や感情を他者に伝えることができるんです。だったら、その逆も可能だとは思いませんか?
その逆……?
あなたには、あやかしが見えるだけではなく、彼らの心を感じ取る能力も備わっているんです。
感じ取る能力……?
さっきからコイブミの言ったことを、心の中でオウム返しに繰り返しながら、まだそのことの意味が分からずに、おれはただ呆然としていた。