弐百弐拾参 じゃれ合う男たち
「ちょっと待ってください。僕にも心の準備というものが――」
「何言ってるんだ。いいか、人生なんてものはな、心の準備なんてできるものじゃない。二度目の人生があれば話は別だが。
だから、起きたことはそのまま受け入れるしかない。それにどう対応するかは、それから考えればいいんだ」
「でも、今日ぐらいはゆっくりしたい。僕にもいろいろ考えたいことがあるから」
「つべこべ抜かすんじゃない。何だ、男らしくもない」
またセクハラだ。それにパワハラでもある。しかし、彼にはそんな語彙は存在しないんだろう。
仕方ないのでほかの言い訳を考えていたら、ヤンマーと英ちゃんがやってきた。
縁側の向こうから早速声を掛けてくる。
「寅さん、何やってるんだ。みんなもう集まってるっていうのに」
「おっ、ちょうどいいところへ来た。こいつがぐずぐず言って手こずらせるんだ」
それを聞くと、英ちゃんがひょいと縁側に飛び上った。
「やれやれ、世話の焼ける奴だよ、まったく。――誠、お前も手伝え」
そう言って、ぺっぺっと両手に唾を吐く。
「合点承知之助、欽之助だ」
ヤンマーもすぐに続く。
英ちゃんがおれを羽交い絞めにする。ヤンマーがおれの両足を持ち上げる。
「やめろ、やめろ」
と叫ぶが、てんで聞く耳を持たない。それどころか三人して笑っている。チクショウ、何て奴らだ。
そのまま庭のほうに抱え下ろされたかと思ったら、軽トラの荷台にどすんと放り込まれた。
英彦さんとヤンマーも一緒に乗り込んでくる。
寅さんは運転席をバタンと閉めるや否や、すぐに車を発進させた。
「待ってくれ。家の戸締りをしていない」
荷台から飛び降りようとしたら、英ちゃんからスリーパーホールドで固められてしまった。
「寅さん、ゆっくり行ってくれ。こいつが暴れるんだ」
ヤンマーが荷台から身を乗り出して、運転席のほうに声を掛ける。
「チョーク、チョーク」
おれはそう言って英ちゃんの腕をバンバン叩いたが、構わず左右に振り回される。
何だ、いつもバックばかり取りにきて。真正面からかかってこい。この卑怯者め。やっぱりお前は、村人Aに降格だな。
「あんな化け物屋敷、誰が近寄るものか」
ヤンマーが何気なく言ったひとことに、おれは本気で怒った。
「化け物だって? もう一度言ってみろ」
「あっ、済まん。別に悪気はなかったんだ。ただ、以前からあの家は皆にそう呼ばれて薄気味悪がられていたものだから」
気味悪いことなんてあるものか。
今ではみんな、おれの近しい友だちのようなものだ……。
すると、村人Aが急に手の力を緩めた。
「分かってるよ。だからこうしてお前を慰めてやろうとしているんじゃないか」
とヤンマーが言う。
えっ? そうか、また念が漏れてしまったんだな。しかし、もうどうでもいいことだ。
「帰る」
おれは静かに言った。
「今日は、あんたらと酒飲んでどんちゃん騒ぎをするなんて気には、どうしてもなれないんだ」
「駄目だ」
英ちゃんから言下に却下される。
「あんなだだっ広いだけで誰も居ないような家に、ヘタレのお前を一人で置いておけるものか」
「そうだよ」
ヤンマーもすぐに同調する。
「お前はすぐにむきになったり、かっとなったりする。メンタルが弱い証拠なんだよ。一人でゆっくり考える時間も必要だろうが、今夜だけは俺たちに付き合え」
もっともらしい言い分だとも思ったが、なおもおれは言い張った。
「いやだ。帰る」
隙を見てもう一度飛び降りようとしたら、英ちゃんから今度は、肩固めでがっちり決められてしまった。
「そうは問屋が卸さないからな」
「放せ、村人A! 何だよ、あんたは。この前は人の元彼女をプロポーズの練習相手にしておいて、今度はおれを相手に格闘技の練習か」
「何とでも言え」




