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百七拾六 欽之助、言われっぱなし

 おれがたじろいでいると、英ちゃんは、

「そうか、お前の夢はノーベル文学賞だったな」

 と言って、ニヤリと笑った。


「いや、それは清さんが勝手に……。おれだって困ってるんだから」


「そんなことは、初めからみんな分かってたさ。今ではノーベル文学賞の先生どころか、のっそりひょんの欽ちゃんなんだから。なあ、誠」


「エアハグ、エアキッスの欽ちゃんとも呼ばれている」

 声を掛けられたほうは、しれっと言う。


「それはお前が広めたんだろう。まったくひどい奴らだ」

 おれがふくれっ面でそう言うと、二人とも馬鹿みたいに大口を開けて笑った。


「おれはこう思うんだ」

 村人Aちゃんは、急に表情を改めて言う。


「欽之助のお蔭で夢が一つ叶った。でも、それで終わりじゃない。あくまでも結婚の承諾をもらっただけだ。次は彼女のために、焼き物の窯を造る。それから、うちのボロ家を農家レストランに改造する。それをやり終えたら、また次の夢を描く。こうして、小さな夢を一つ一つ達成させていくうちに、いつかは自然と大きな夢が実現しているんじゃないだろうか」


 おれと誠はすっかり感心しながら、思わず尊敬の眼差しで英ちゃんを見つめていた。


「ん? な、何なんだ、お前ら――」

 照れ臭くなったのか、慌ててそういった。

「駄目だな、欽之助は。いつまでもそう、ぼんやりと生きてたんじゃ。――誠、お前はどうなんだ。お前は夢があるのか?」


「えっ、俺? 俺は……」

 急に振られたものだから、目を白黒させている。

「俺はその……、給料が上がったら車をもっといいのに買い換えて……」


「それから?」

「それから? ……ええと、可愛い嫁さんをもらう」


「それから?」

 英ちゃんは、なかなか追及の手を緩めない。


「えっ、まだ?」

「そうだ。もうそれで終わりなのか?」


「う、うん……」

 しばらくもじもじしていたが、やがて思い切ったように言った。


「俺はもっとドデカく百姓がやりたいんだ。観光農園だとかグリーンツーリズムだとか、まだ具体的なプランがあるわけじゃないんだが、将来的にはそんなことにも挑戦してみて、この地域をもっと豊かにできたらと思っている」


「えらい!」

 英ちゃんがパチパチと拍手をするので、おれも一緒になって手を叩いた。


「人のことを拍手しどころか。しっかりしろよ、欽之助」

 寅さんと同じことを言う。


 何だ、たかだか四つか五つ年上っていうだけで、先輩(づら)しやがって。

 やっぱりお前は村人Aだ。


「ん? 村人だって?」

 まともにこちらの顔を見て言う。しまった、また念が……。


「村人で結構。俺はこの村が好きだから。市町村合併だか、地方創生だかなんだか知らないが、地域は逆にさびれていくばかりじゃないか。俺はこの小さな地域のつながりを大切にしながら、大きな世界にこの地域のことを発信できたらと考えている。夢は、誠と同じだ。俺は、この地域を日本で有名な、いや世界で最も有名な村にしてみたい。おかしいか?」


 む、むむむ……。

 おれは何も言い返すことができず、腕組みをしたまま黙り込んだ。


 すると、村人Aちゃんはおれの肩をぽんと叩いて言った。

「そんなにしょげることはない。まずは彼女だ。あの人のことをちゃんとつなぎ止めておけよ。まずは、そこからだな」

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