百七拾五 直球質問
翌朝のことだった。清さんは、登世さんたちからお茶に呼ばれているからと、いそいそと出かけていった。
よし、今日こそは安太郎さんの手記を読ませてもらおう。そう考えていた矢先、寅さんがあわただしくやってくる。
家に上がってくるなり、背中を見せてみろと言うので、言うとおりにした。
「へー」
と、驚嘆の声を上げている。
「すっかりきれいになってるじゃないか。清さんって、すごい薬を持っているんだなあ。俺も怪我をするようなことがあるかもしれないから、そのときはぜひ貸してくれ」
「いつでもどうぞ」
せっかくバスガールが残してくれていった大切なものだが、ほかならぬ寅さんの頼みだから仕方がない。
「やっぱりお前は見かけによらず、いい奴だ。お前のおかげで旺陽女様にも引き合わせてもらえたし、こんにゃく様も安泰だ。これで俺も、好きな百姓仕事に専念できるってもんだ」
一人で大喜びしている。
「そいつは請け合えませんよ」
おれが本当のところを言ったら、
「いいんだ、いいんだ。これはとうの昔から決まっていたことだし、摂理とも言っていい。それより、あの人は酒豪だぜ」
と嬉しそうに言う。
そんなことはおれもとうの昔から知っていたが、どうしてですかと聞いてみた。
寅さんの話はこうだった。京子を駅まで見送るついでに、神社に御神酒を二本、紐で縛ったのがあったので、持って帰られますかと試しに聞いてみた。彼女は、困ったような顔をしていたらしい。
それで、そりゃそうですね。さすがにこんなものを二本も抱えて、電車に乗るわけにはいかないでしょうからねと引っ込めようとした。すると、いえ、せっかくの御厚意ですからいただいて帰りますと、奪うようにしてホームに消えてしまったというのである。
「こいつは楽しみだ。おい、欽之助。お前もしっかりしなければな」
おれに何をしっかりしろと言うのだろう。
挙句の果てに、忙しい、忙しい。じゃあなと言いながら、バタバタと帰ってしまった。
まったく人の気も知らないで、勝手なことばかり。京子は、一流商社のエリートサラリーマンと結婚するんだ。将来の夫は、酒癖さえ気を付ければ、重役ぐらいにはなれるだろう。それでもって、彼女のお父様は、国会議員の大物である中野十一なんだからな。コメと蒟蒻と里芋ばかり作っているような百姓とは、わけが違うんだから。それに、あんなぶっ壊れてしまったお宮の神職なんて、誰が引き受けるもんか。
おれは心の中でそう悪態をつくと、二階に上がろうとした。
すると今度は、英ちゃんと誠が二人してやってきた。
英ちゃんは英ちゃんで、やって来るなり、何の断りもなく、勝手におれの背中をめくって誠に見せた。「なっ」と言って、誠が驚いた顔をするのを満足そうに見ている。何が、「なっ」だ。
おい、欽之助と言うので、ハイハイと適当に応じていたら、俺は夢がかなったぜと言う。何のことかと思ったら、昨日車の中で京子に言ったとおりのことを、自分の彼女に言ったというのだ。
どうやら、あれはリハーサルだったらしい。何て奴だろう。人の彼女をプロポーズの練習台に使うとは。
いや違う。もう彼女ではない。京子はもうすぐ、キンケツの嫁になるんだから。チクショウ、今更おれにこんな思いをさせるなんて――。
お前はやっぱり村人Aだ、と心の中でそっとののしっていたら、いきなり、おい欽之助。お前の夢は何だと聞かれた。
おれの夢だって? そんなガキみたいなことは、しばらく考えていなかったし、まさかそんなことをストレートに聞かれるとは思ってもみなかった。




