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拾六 欽之助、化け物と取引する

 おれは、癇癪(かんしゃく)が起こりかけるのを何とか(こら)えながら、女に尋ねようとした。

「君はひょっとして、イソベンの所から()いてきた――」

「憑いてきた……って、人を化け物扱いしないでよ」


 いや、人ではなく立派な化け物だろう。

 そう思ったが、口には出さなかった。


 向こうは勝ち誇ったように鏡の中で腕組みをしながら、にやりと笑う。

「あんたさあ、彼女には相当参っているようだけど、私が何とかしてあげようか」

「えっ?」


「ああ、もう、鈍いなあ。だ・か・らあ、乱れ髪の両手に手を焼いているんじゃないの? 私が追っ払ってあげようか」

「ふん、そんなことか。それでもって、君が代わりにここに居座るっていう魂胆だろう」


「当ったりー。でも私だったら、あんたが睡眠不足になるようなことまではしない。いくら癇性のあんただって、家族の者が湯を使う音ぐらいで眠れないってことはないんじゃないの?」


 家族? おれはその言葉の響きに少しくすぐったい思いをしながら、どうしたものか返事をためらっていた。


 乱れ髪の、あの何かを訴えたげな濡れた瞳を思い出したからだ。それに影法師だ。あいつも、おれが気が付くと、いつもじっとこちらを見ているが、何か伝えたいことがあるのではないだろうか。


 だからと言って、おれに何ができよう。前にも書いたように、あやかしどもが見えたとしても、それ以上の何か特殊な能力がおれに授けられたりしているわけではないのだ。


 そんなことよりも喫緊の問題は小説が書けないことだ。あえてこんな所に住むようにしたのは、失恋の痛手ということもあったが、隠遁生活をしながら執筆に専念するためだったのだから。


 しばらく逡巡した後、おれは口を開いた。

「わかった。で、条件は何かあるかい?」


 すると、鏡の中から即座に返事があった。

「一つ、この家の居住権を保障すること。二つ、水道代とガス代はチャラにすること。三つ、白いバスローブを用意すること。それもお洒落で高級なやつ。四つ、じろじろいやらしい目付きで鏡の中まで覗き込まないこと。これでどう?」


 何て言い草だろう。

 むむむ、とおれはまた躊躇したが、背に腹は代えられない。

「よし、乗った。早速、君のお手並みを拝見することとしよう」

「取引成立ね。それじゃあ欽之助、此処から出て行ってくれる? 私お風呂に入るから」


 それで(てい)よく追い出された。


 そして、その夜以来、乱れ髪は本当にぴったりと出なくなった。

 バスガールがどんな手を使ったのか分からなかったが、乱れ髪が少し可哀そうな気がした。

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