表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/514

百六拾七 ガマの油と万金丹

 英ちゃんの肩を借りて、ダイニングキッチンに移動した。そのままへたり込むように、ダイニングテーブルに突っ伏した。


 このままじっとして動きたくなかった。意を決して上着を脱ごうとするが、痛くてどうしてもうまくできない。


「はい、万歳して」

 京子からまた言われる。赤ちゃんじゃあるまいし。しかし、もう自分の力では、両手を上げることさえ不可能だ。


「もう……」

 見るに見かねたのか、京子から無理やりに脱がされてしまった。もっと優しく、丁寧にできないものだろうか。不器用なんだから仕方がない。


 美登里さんが優しく丁寧に巻いてくれた包帯も乱暴に解き、ガーゼもべりッと引き剥がした。


「ひどい……」

 と言ったまま、息を呑んでいる様子。

「さっきより赤く腫れあがっている。私のせいなんだ。こんなことになってしまって、ごめんなさい」


「本当にこんなものを塗って大丈夫なんですか? おれはやっぱり速攻で病院に行くべきだと思うんですが」

 英ちゃんが心配そうに言う。


「大丈夫ですよ。――さあ、京子さん、お願いします」


「はい」


 京子の細い、冷たい指先が背中に触れるのを感じた。今度は乱暴ではなかった。最初はおずおずと、やがては大胆に。そして、患部にだけは慎重に、的確に。


「あっ」

 彼女が小さな悲鳴を上げた。


 英ちゃんも驚いたように言う。

「何なんですか、これは……。見る見るうちに腫れが引いていく」


「でしょう? これには止血剤や痛み止めの効能があって、切り傷や腫れもの一切に効くんです。関ケ原の戦いでは、大勢の人がこれで助かったんですからね」

 と清さんが自慢する。


「すごい……」

 と、京子が感嘆している。まさか自分の婚約者がこれで助かったとは、夢にも思うまい。


 さっきまでの痛みが、嘘のように薄らいでいる。

 バスガール、有難う。少しだけ疑ってごめん。


 おれは自分で立ち上がると、学生時代から使っている水屋の引き出しを開けた。白い五角形の薬包紙を取り出す。


 これもバスガールがくれたものだ。ウコンとゲンノショウコと朝鮮人参と、それに万金丹をすりつぶしたものを、自分で調合したと言っていた。


 効能のほとんどが、呑みすぎや二日酔いに対してだが、おれの目的は別のものにあった。バスガールはおれに悪ふざけを仕掛けるために、睡眠薬までこっそり混入させていたのである。今はとにかくぐっすり眠りたい。


「それは何?」

 京子が後ろから覗き込んでくる。

「ん? かすかに香水の匂いが……」


「それも私が調合したものですよ」

 清さんから、また助けられる。

「本人の好きなようにさせてあげてください。それで痛みも和らぎますし、若干の抗炎症作用もありますから」


 京子は好奇心旺盛で何にでも興味を示すのはいいが、人のことまで余り探求しないでほしいものだ。


 おまけに出しゃばりな所があって、何にでも首を突っ込んでくる。過去にそのために失敗したことだって、多々あったのだから。


「君、今日は災難だったね。今まで付き合ってくれて有難う。もう大丈夫だから、君はもう帰るといい。――英ちゃん、悪いけど彼女を駅まで送ってくれないか?」

 最後に彼女をしっかり見つめながらそう言った。これが見納めだとばかりに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ