表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/514

百五拾四 京子の意外な能力

「へえー。中は意外と綺麗なんだ」

 彼女が玄関でそう言うのを尻目に、おれは奥の六畳間に素っ飛んでいった。


 階段の下で、影法師が待ちわびている。恐らく百年杉の落雷の件を知っているのであろう。

「さあ、安太郎さん。早く――」

 おれは彼よりも先に階段を上がりながら、()かすようにして言った。


 ところが、肝心の影法師がついてこない。

 どうしたんだろうと思って下を見ると、京子と真正面から向き合っている。


 おれは驚きの余り、つい口走ってしまった。

「おい、京子。ひょっとしたらお前、安太郎さんが見えるのか?」


 言った後で、しまったと思ったが、もう間に合う筈もない。

 ところが、彼女はおれをやり込めるどころか、おれの言葉が全く耳にも入らない様子。


 影法師も同様である。彼女のほうを一心に見つめたまま、びくともしない。おれ以外に自分のことが見える人間に出逢って、驚いているのかもしれない。だが、そんなことに構ってはいられない。


「安太郎さん、時間がないんだ」

 もう一度急かすと、はっとしたように自分も階段を上がってくる。直ぐにおれを追い抜き、上り口の蓋をすっと通り抜けていった。


「すごい……」

 京子が下から見上げながら、言う。


「すごいって、君、怖くないのか?」

「全然。だって、怨みや悪意みたいなものが、全然感じられないんだもの。ねえ、彼はどういう……?」


「詳しい話は後だ。君はそこで待っていてくれ」

「私も行く」


 おれは、わらわんわらわにかけられた恐ろしい呪いのことを考え、首を横に強く振った。

「駄目だ! 何が起こるか全く見当もつかないから」

「いや! 私も二階を見ておく必要があるの」

 

 彼女はいったん言い出したら、決して聞かない。丸で、頑是(がんぜ)ない子供のようになるのだ。 

 おれは諦めて、上へ向かった。彼女も勝手にトントンとついてくる。


 木の蓋を押し上げ、二階に上がる。京子も続いて入ってきた。家の中を見回しながら、「へえー」とまた感心している。

 閉所恐怖症のおれは、あれ以来、雨戸を開けっ(ぱな)しにしていたのである。


「うわあっ、すごい本ばかり並んでる」

 上りついた直ぐ先の洋間で、京子がまた感嘆の声を上げる。

 おれは彼女のことは放っといて、階段の上り口にある手摺りを回り、直ぐに物置のほうに足を向けた。影法師が、トランクの傍で既に待っている。


「おい、欽之助」

 おれを見るや、万年筆の付喪神(つくもがみ)が、早速食ってかかってきた。

「一体いつまで、僕をこのままにしておくんだ。早く僕の血液でもあり、命の源でもある青いインクを注入してくれ。やる、やる言いながら、いつまでもやらないのは、怠け者の特徴だからな」


 すると、その声を聞きつけたのか、京子がやってきた。

「まあ、可愛い!」

 そう言って、付喪神をつまみ上げる。

「一体、どうしたって言うの? おチビちゃん」


「エヘン、エヘン」

 万年筆のほうは、その真っ黒な顔を真っ赤にしながら咳払いをする。

「こいつが、僕のことを使う、使うと言いながら、いつまでたっても、使ってくれようとしないんだ」


「あなたの言うとおりだわ。この人は、本当に愚図で怠け者なんだから。じゃあ、私が使ってあげようか?」


「本当かい?」

 万年筆はそう言って、目を輝かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ