拾参 風呂場の怪現象
布団の中でようやくまどろみかけていたおれの耳に、遠くからシャワーを使うような音が聞こえてきた。
最初は夢現だったが、そのうち意識がはっきりしてくる。
間違いなく、家の浴室からだ――。
この家のことだ、何が起こるかわかったもんじゃない。
布団から飛び起きた。
しかし浴室のそばまで来ると、音はピタリと止まった。
ドアを開けると、誰もいないのにシャワーヘッドからぽたりぽたりと水滴が落ちている。
はて怪しいことだと思いながらも、それ以上どうしようもないので座敷に戻って寝る。
するとまた、シャワーを使う音。
浴室に行くと、誰もいない。
水滴だけが、ぽたりぽたり――。
これが三回も続いたので、いい加減くたびれてしまった。
風呂と言えば思い出がある。
子供の時分、おれはよく母に連れられて、祖母の家に遊びに行ったものだ。もう随分年寄りで足腰も曲がっていたが、達者なもので、一人暮らしをしながら野良仕事をしていた。
おれと母が辿り着くと、いつも真っ黒に日焼けした顔をほころばせながら、
「ちょっと、待っとき」と言う。
それから、
「どっこいしょ」と言って、大きな竹籠を背負うと、どこかに居なくなる。
しばらくすると帰ってきて、
「どっこいしょ」と腰を下ろす。
竹籠の中には、西瓜やまくわ瓜やトマトなどがどっさりと詰め込まれている。
それを井戸で冷やし、夜になって縁側で食べるのが楽しみだった。
婆ちゃんは自分は食べないで、母とおれ二人のために団扇で蚊を追い払ってくれたものだ。
あれは冬休みのことだった。
おれは一人で婆ちゃん家に泊まり、風呂に入っていた。まだ薪風呂だったが、婆ちゃんちは平家の落ち武者でさえ厭がるような深山幽谷の中にあったから、薪には事欠かない。
風呂は、母屋とは独立していた。屋根だけの付いた井戸があって、傍にはヤツデの葉が茂っている。死んだ祖父がこしらえたものらしかったが、竹を半分に割った樋を井戸から風呂に掛け渡し、水を汲み込む仕掛けになっていた。
おれが湯に浸かっていたら、誰かが火をくべてくれた。
薪をどんどん追加しながら、
「もうすぐだ。もうすぐで美味くなる」と呟いている。
暗闇の中に火の粉がパチパチ上がるのが、格子窓の隙間から見える。
山姥だ――。
あわてて風呂桶に水を汲んで窓から撒いたら、婆ちゃんからひどく叱られた。
「何をするんだ。せっかく焼き芋を食わせようと思ったのに」