拾弐 ボッチャン、幼馴染に再会する
ところで、例の乱れ髪についてであるが、傘骨女に出遭った日の夜は、珍しいことに現れることはなかった。
微熱の出ているおれに、少しは遠慮でもしたのだろうか。
翌朝も、身体がまだ気だるかったので、昼過ぎまでだらだらと寝て過ごしていた。
すると、玄関のほうから「頼む、頼む」という声がする。
化野の奴め、ドアホーンまでケチケチしやがって。
おれは居留守を決め込むことにしたが、「頼む、頼む」をいつまでも繰り返している。
近所の農家の人が、回覧板でも持ってきたのだろうか。
全くしつこい。勝手にどこにでも置いておけばいいものを。
そう考えたあと、待てよ、と思った。
何だか聞いたことがあるような声である。
だるい身体を引きずるようにしながら玄関戸を開けたら、つるつる坊主頭に竹の笠をかぶった子供が立っていた。
豆腐を乗せたお盆を両手で大事そうに抱えながら、
「豆腐は要らんかえ」と言う。
お前――。
懐かしさで、抱きつきたいほどだった。
「久し振りじゃないか。今までどうしていたんだ」と聞くと、
「爺ちゃんが死んだら、お前のことが少し見えなくなった」と言う。
子供の癖に、生意気にもおれのことを、お前呼ばわりである。
「ほお、そうだったのか?」
「お前が東京に行ったら、皆目見えなくなった。お前がここに移り住んだら、また見えるようになった。
それにしてもお前、立派な屋敷を構えたもんだな。ところで、豆腐は要らんかえ」
何が立派な屋敷なもんか。
おれは急にこの小僧が憎らしくなった。
からかい半分で、「要らないよ」と答えたら、
「買わないとひどいよ」と言う。
少し可哀そうに思ったが、「ひどくても構わないからお帰り」と言って追い返してやった。
その日の夜も、とうとう乱れ髪は出てこない。これで二日続けて出なかったことになる。
傘骨女は祟りだけではなく、こちらの出方によってはこんな功徳ももたらすのだろうか。改めて爺ちゃんに感謝した。
これで心行くまで眠ることができる――。
と思ったのが、甘かった。




