百参 閉ざされた闇
色々なことが分かってくるにつけ、人形の手だけを、ここにこのまま放置しておいてはいけないような気がしていた。それでは余りにも哀れである。
おれは早速二階に上がることにした。
入口の蓋が締まっていたので、下から呼び掛けてみる。
「安太郎さん、開けてくれないですか? せっかく人形の手が出てきたんだから、一緒にトランクに保管してほしいんです」
しかし、階上はしーんと静まり返ったまま、何の反応もない。
「安太郎さん、安太郎さん」
木製の蓋をドンドンと叩いて、なおも呼び掛けてみた。
やはり何の返事もない。いや、影法師の安太郎さんは、返事をしたくてもできないのだ。それで、もう一度、蓋を押し上げようとしたが、びくともしなかった。
ふと気づくと、階段の下に寅さんが立っている。
「寅さん、駄目だってば」
声をひそめるようにしながら、咎める。
「何故? 俺もちょっと会ってみたいんだが」
「しっ」
おれは急いで階段を降りると、寅さんを押しやるようにしながら、座敷に連れ戻した。
「彼はまだ心を閉ざしたままなんです。この僕でさえ、やっと二階に上げて貰えたばかりなんですから。それも、今朝になってやっとですよ」
「そうかね。シャイなんだな」
「シャイだとか、そんな問題じゃありません。彼は、闇を覗いてしまったんです。それがどんな闇だったのか、今の僕には分かりようがありませんが」
「また小難しいことを……。まあ、いいや。じゃあ、俺は外で待っとくから、早く行ってきたらどうだ。その代わり、急いでくれよ」
「わかった」
ところが、その後、幾ら安太郎さんに呼び掛けても、二階への入口はぴったりと閉ざされたままだった。まるで、永久に開くことがないかのように。
それで人形の手は、仕方なく古備前の中に戻すほかなかった。
ごめん。もう少しだけ、この中で辛抱してくれ――。
心の中でそう謝りながら。
おれは九州の田舎育ちだが、家業は古物商だったため、稲刈りの手伝いなどやったことがない。
コンバインが入る前に、鎌であそこを刈っておけだの、コンバインで刈れば刈ったで、刈り残した所は手で刈れだの、次はトラックに積めだの、あげくの果てには、何でそんなに要領が悪いんだだの、散々罵られながらこき使われる始末。
山田誠も美登里さんも、そんなおれを指差しては、二人して可笑しそうに笑っている。同情もへったくれもあったもんじゃない。
これで日当なしで、昼飯と晩飯だけだなんて、到底引き合うものじゃない。
今日と明日で稲刈りを片付けてしまうということだったが、明日は絶対来るもんかと思った。
然し、ブルーシートの上で食べた、美登里さんお手製の弁当は、本当においしかった。腹一杯食べたあと寝転がったら、突き抜けるように真っ青な空を、飛行機雲が横切った。
午後も作業が残っているので、さすがに酒は出なかったが、慣れない仕事の疲れもあったのか、おれはそのまま、うとうとしていた。




