百弐 漠然とした不安
悄気ていると、寅さんが言った。
「夕方には、清さんが帰ってくるんだろう? 呪力があるそうだから、とりあえず彼女に封じ込めておいてもらえばいいじゃないか」
「うーん……。分かりました。清さんにそう頼んでみます」
おれは渋々頷いた。
そんな一時しのぎで済ませるのではなく、一刻でも早く根本的な療治をしたほうがいいと思われたが、仕方がない。
「それにな」
寅さんが続ける。
「伊勢木家の血筋では、霊力は女にしか遺伝しないんだ。当然、男の俺には霊力がないうえに、まだ禰宜に過ぎない分際で本殿に立ち入るなどしてみろ。それこそ御祭神である大国主命から、どんな怒りを買うことか」
「あっ――」
おれは思わず声を発した。
「だろう? 大国主命は縁結びだけでなく、五穀豊穣の神様でもある。然し、御神徳が大きいだけに、その反面、恐ろしい祟り神でもあらせられるんだ。よりによって稲刈りの前だぞ。下手な真似はできないさ」
彼はそう言ったが、おれが声を発したのは、そんなことが原因ではない。
わらわんわらわは、夕暮れ時にこの辺りを彷徨い歩き、人々を恐れさせていた。その正体は、首と両手がないまま里芋畑に放置されていた桐塑市松の人形であった。
里芋の収穫後に畑の手入れをしていた農家の人が、それを発見し、千美子さんの霊力で神社に封じ込めた。
封じ込められたと言っても、人形はまだ力を温存していたのであろう。
今度は、怪鳥以津真天と化し、百年以上、自分をこのままにしておいたら、この村に災厄を起こすという。
問題は、怪鳥の「いつまで私を一人にしておく」という一言である。
そもそも、人形は大国主命と一緒に祀られたはずだのに、この一言は矛盾していないだろうか。
人形が祀られた時を起点とするなら、百年はまだ経っていない。しかし、一人っきりにされた時だとすれば、一体どうなるんだろう。
首と両手をもぎ取られた末に、畑に放置された時を言うのだろうか。
それはいつ?
そもそも、そんなひどいことを誰が?
まさか安太郎さんが、そんなことをするようにはとても思えない。
それなら何故、首の部分だけを彼が所持していたのだろう。
次から次に、そんな疑念や不安が湧きおこってくるのだった。
やはり今日は手伝えない。百年がいつなのかという問題も含めて、急いで解決しておかなければ――。
そう口に出そうとした時だった。
「さあ、こうしちゃおれないぞ、欽之助」
と、寅さんが言った。
「先ず公民館に昨日の座卓やらを返して、それから稲刈りだ。日当までは出せないが、昼飯と晩飯は、お前の分まで美登里が張り切って準備している」
機先を制せられたおれは、一瞬躊躇した。
すかさず、どやされる。
「何をぼんやりしているんだ。行くぞ」
「でも、これは……」
おれは人形の手をもって、なおも愚図ぐずしていた。
「安太郎さんって人に、預かってもらったらいいじゃないか」
「あっ、そうか」
一も二もなく同意した。




