百壱 101回のプロポーズ
以津真天というのは、野ざらしのまま放置されていた屍の主が、それを怨んで怪鳥と化し、「いつまで、いつまで」と鳴いて人々を恐れさせるものである。
『太平記』によれば、建武元年、疫病で多くの死者が出た年に紫宸殿に現れ、隠岐次郎左衛門広有に退治されたという。
しかし寅さんの言う怪鳥は、人の亡骸などではなく、例の人形が姿を変えたもののようであった。わらわんわらわを本殿に祀ったのは、彼の祖母であり、当時の宮司であった千美子である。
彼女が神事を終えて外に出た時である。俄かに黒雲が湧きおこり、中から何かが現れた。最初は小さな点に過ぎなかったが、次第に大きくなっていき、やがて羽の生えた龍のような姿になった。
長い体をくねらすようにしながら降りてくると、本殿の屋根の上に止まる。
よくよく見ると、頭は人間である。おかっぱ頭の髪をぼうぼうに振り乱した女の子の顔に、曲がった嘴。
「いつまで、いつまで」
甲高い声を上げると、全長5メートルもあろうかという翼を羽ばたかせた。
その風圧で、千美子は手水舎の所まで吹き飛ばされてしまった。
追いかけてくるように、今度は鳥居の上に止まる。
「いつまで私を一人にしておく」
怪鳥はそう言うと、何か嘴に咥えていたものを放つ。それは、参道を挟んで手水舎の反対側に落ちた。
「杉の種だ。百年過ぎるまで待とう。しかし百年以上も、私をこのままにしておいたら、この村に災厄を起こす。杉の幹が、真っ二つに裂けるのが合図だ」
千美子は平伏すようにしながら、それを丁寧に地面に植えた。
「いつまで、いつまで。百年過ぎまで」
怪鳥はひときわ大きく鳴き叫ぶと、また大空高く飛翔すると、やがて黒雲の中に消えてしまったのだった。
「寅さん、それは正確に言うと、いつの話ですか」
「それは婆様やお袋から、しつこく言い聞かされているからはっきりと分かる。サンフランシスコ講和条約の締結された1951年だ。
白河家の人たちがみんな亡くなってしまって、それからわらわんわらわが出るようになった。最後に首と両腕のない人形が発見されたのが、その年の晩秋の頃だったということだ」
「ということは、まだ70年も経っていないから、当分は大丈夫ですね」
「うむ……。まあ、そうだな」
「でも、せっかくこうして頭も両腕も出てきたことだし、すぐに元に戻してやらないですか?」
「駄目だ。稲刈りが先だよ。お天道様は、こちらの都合なんていっさい考えてくれないからな。それに、昨日も言ったように、本殿には宮司しか入れない。稲刈りが終わった頃、丁度お袋の短期入所も終わる。それまで待つんだな」
しかし、おれは引かなかった。
「それを承知で頼んでいるんです。さっきも話したように、ここに住むようになって以来、ずっとあれに悩まされてきたんですよ。僕の身にもなってください」
「こっちの身にもなってくれ」
すかさず寅さんが言い返す。
「いいか、種を撒いてからどれだけ手をかけてきたと思う? それをたった一度の雨で、無駄にしてしまうというのか? 雨が止んだからって、土がぬかるんだままだと、直ぐにはコンバインは入れないんだ」
「そうなると、どうなるんですか?」
「それだけ収穫が遅れる。そうなると、米が不味くなるし、収量も落ちる。それにうちが間に合ったからって、次には誠んとこが控えているんだぞ。絶対にできない相談だな」
「僕がこんなに頼んでも?」
「ああ、駄目だ」
「百年杉ではないが、百回頼んでも駄目ですか?」
「くどいぞ。例え百一回頼まれたって、駄目なものは駄目だ」




