表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/514

百 怪鳥と百年杉

 すると庭のほうから、「おーい、欽之助」と呼ぶ声が聞こえてくる。

 寅さんだ。

「軽トラ取りに来たんだけど、一緒に乗っていくか? 稲刈りを手伝ってくれると言ってたよな」


 おれは少し驚いた。

 たしかに、呑みながらそんな話は出たが、約束までした覚えはない。しかし、はっきりと断ってもいないので、そう受け取られても仕方がないかもしれぬ。


 またタイミングの悪い時に、お出ましになったものだ。

 安太郎さんが無理だとしても、この万年筆の妖怪から間接的にでも話を聞こうと思っていたし、ノートの中身も読ませてもらおうと思っていたというのに……。


「おーい、どこだ?」

 どうやら、勝手に縁側から座敷に上がり込んできたようである。

 やや間があって、「あっ――」という短い悲鳴が聞こえたが、それっきり、階下は静まり返っている。


 何があったんだろうと、不安になる。

 すぐに()りてみなければ――。

「安太郎さん、これはまた次の機会に見せていただいていいでしょうか」

 と聞くと、影法師は黙って頷いている。


「おい、もう行くのか? 悪口の言い甲斐のある奴に、久し振りに出逢えたというのに」

 万年筆が残念そうに言う。


「おれもだよ」

 苦笑しながら、そう答えると、

「もう70年だぞ」

 と、なおも不満そうにしている。


「えっ?」

「だから、70年以上も、僕はここでじっと過ごしてきたんだ。その間に、僕の命の源である泉も枯渇してしまった。今では青い血の一滴も出ない」


 影法師のほうを振り返ると、両手を合わせて拝むような仕草をしている。

「分かった。おれで良かったら、何とかしてみよう」

「君、本当なのか?」と、万年筆。


「ああ、任せておくがいい」


「だったら君、いい拾い物をしたと思っていいぜ。何しろ、あの夏目漱石が使っていたのが、僕の仲間なんだから。かの修善寺の大患の時に、子供たちにあてて手紙を書くのに、仰向けに寝たまま書いたっていう(すぐ)れものだからね」


「そいつはまた楽しみだ」

 おれはひとまず彼らに別れを告げると、急いで階段を下りて行った。二階への入口が、すかさずバタンと閉まる。


 すぐに座敷に行ってみると、いつもの赤いツナギに鉢巻き姿の寅さんが何かに平伏(ひれふ)すような恰好をしている。


「寅さん、一体どうしたっていうんですか」

 驚いてそう聞くと、がばっと上体を起こした。

「どうしたって? 俺のほうこそ、それを聞きたいよ。これは一体何なんだ」

 その視線の先を追うと、そこには二本の人形の手。


 さっき、影法師に渡そうとしたら、そのまますり抜けるように畳に落ちてしまったのを、うっかり忘れていたのだった。


「これは、わらわんわらわの手じゃないのか? いくら霊力のない俺でも、これは分かる」

 あの寅さんが、ぶるぶる震えている。


 おれは少し考えた後、これ以上隠し立てすべきでないと判断した。

 そして、これまでの経緯を手短(てみじか)に話して聞かせた。




 寅さんはしばらく茫然としていたが、やがて気を取り直すように呟いた。

「お蔭で百年杉の倒れる前に、約束を果たすことができる」

「約束って……、誰との約束ですか?」


以津真天(いつまで)とだよ。百年杉は、そいつが(くちばし)(くわ)えていた種を、空から落として植えたものなんだ」

 寅さんは、そう答えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ