九拾九 九十九神現る
向こうは慌てたように顔をぶるんぶるんと振ると、人形の首を指差した。
ああ、なるほど……。
おれは直ぐに気付いた。
「亡骸というのは、人形の譬えだったんだ」
影法師は必死になって、うんうん、と頷いている。
「しかし、それにしても下手な詩だなあ」
とおれが呆れていると、真っ赤になって俯いている。
影法師は、陽に当たると消えてしまうどころか、却ってくっきりと濃くなる。時によっては、真っ赤になったり真っ青になったりもする。実際にそうなるのではなく、その思いがおれに伝わっているだけなのだが。
すると、胡坐をかいているおれの足元で、
「おい、お前。――おい」
という声がする。
同時に、腿の辺りをチクチク突かれる感触がする。
見ると、手足の生えた、ちっこい万年筆が地団太踏んでいる。
「おい、お前。御主人様に何てことを言うんだ。それは、御主人様が心の底から絞り出すようにして書いたものなんだぞ」
これには、影法師も苦笑いしている。
九十九神だとすぐに気付いたが、可笑しいのを堪えながら、
「何だ、お前は」
と、わざと尋ねた。
「お前とは何だ、お前とは。――お前こそ何だ」
と、ますます気色ばんでくる。
「おれは安太郎さんの友だちだよ」
と答えると、
「嘘を付け。安太郎さんの友だちは、僕だけだ」
と胸を張る。
「だって、お前はさっき、彼のことを御主人様と呼んでいたじゃないか。だったら、友達とは言えまい。ただの家来だろう」
「屁理屈を抜かすな。何だ、ワープロにばかり頼って、自分では漢字一つ書けない癖に」
これには、つい噴き出してしまった。
然し、あやかしというのは、どうしてこうも、揃いも揃って口が悪いのだろう。それともおれに対してだけなんだろうか。
「舐めてんな、お前」
また足元をチクリと遣られる。
こう何度もチクチク遣られてばかりでは、叶わない。それに、少し面白くなったので、顔を近づけて言ってやった。
「鉛筆を舐めることはあるかもしれないが、ペン先なんか舐めるもんか。舌が痛いじゃないか」
「やれやれ。御主人様のように、世の中のためになる人が口を封じられちまったというのに、お前のように、減らず口を叩くことしか能のない人間が、野放しにされたままとはね」
「これは恐れ入った。君の舌鋒、いや筆鋒と言うべきかな。これも大したもんだ」
「エヘン」
付喪神は、その小さな両手を腰に当てて、胸を張る。
「いいか、ペンは剣より強しって言ってな、僕の口、いやペン先からはどんな悪口だろうが罵詈雑言だろうが、泉の如くこんこんと湧きだしてくるんだ。そいつを浴びせられたら、お前なんかおしっこちびっちまうぞ」
「へえ~。安太郎さんが、そんな君を愛用するとはな」
「そこが、御主人様の凄い所さ。権力に対する、安太郎さんの舌鋒、筆鋒の鋭さと言ったら、僕なんかの比じゃない。だから官憲に目を付けられ、そのあげくに、こんなになっちまったのさ。自分で自分を封じるしかなかったんだ」