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空白オンナ

作者: さんしょう

地の底(海)は近い。薄氷を踏むが如く私はこの地を歩いている。きっといつかは足を踏み外し、地の底へと消えていくのだろう。その時まで、その瞬間まで私は走り、いや足元を見ながらのそのそとこの地をのさばり、歩き続けるのだ。


嫌なことを考えていると、親友のトミカに会った。彼女との現実はいわば逃避行だ。会って、語り、食べ、別れる。そこには空虚しかない。その内に飽きがくるだろう。それはお互いになんとなく感じている。こともお互い知っている。ただそんなことは今考えることではない。この瞬間を生きているのだ。とまた逃避行する。

話す内容が相変わらずまとまらずに2人は向き合いながらも向き合わずに話し続けた。男、金、講義、耳慣れた話題がキョウコの鼓膜を否応なしに振動させる。

「そしたらホテルの前で土下座されたんだって!」

「何それー。うける。」


(これこの前twitterで見たな。)コミュニケーションツールに溢れる今、口には出さないがどこかで聞いた話題をふと耳にする機会は以前と比べて格段に多い。そして、そうした場合の対処法、切り抜ける術も自然と身についている。またいつもの「いつも」が終わると、2人は別れた。


家に帰ると、いつものように冷蔵庫からプリンを取り、リビングでお気に入りの赤い皿にプリンを乗せ、スプーンを取り出し、一口分掬うためプリンの上部にスプーンを近づけた。これが一回で切れたなら今日はいいことある。占いもお祓いも御呪いも特に信じないキョウコが唯一嗜んでいる願掛けだ。ここ最近は切れた試しがない。そして今日も慎重に動かしたスプーンの先端がプリンを掠め、ガラスとガラスのぶつかる音がリビングに小さく響いた。はああ。


「今日会いませんか?」

Twitterで知り合ったネット友からメッセージが来ている。キョウコはサムネイル(自己を紹介する画像が貼ってある場所)を確認した。なんだ結構イケメンじゃん。そこにはありがちな鼻から下を隠した中世的な美男子が映っていた。ちょっと会ってみようかな。


「いいですよ」


「まじっすか?」

「6時から新宿で飲みましょ、アルタ前集合で」


キョウコはバイト締め記念に買った三万円の十字のネックレスを首に提げ、住み慣れた家、街を後にした。


子孫を求め、交わることのないいくつもの障害を切り抜け切り抜け、互いは求め続ける。そこにあるのは奇跡と凡庸。2つが混じり、2人は出会う。どこにいるかはまだわからない。


人混みのなか伏し目がちに群衆を散見しているとふと気になる人がいた。見たことあるけど見たことない、そんな人だった。そしてあれが今日約束したあの人な気がした。まあ別にそれが当たったって何かあるわけじゃないが。運命と言えるような大層なものでもない。ただの勘。

それが彼であった。Twitter上で知り合ったネット友と会ったことは何回かあるが毎度不思議な空気に包まれる。ネットと現実のルールの狭間を探ってお互いが無意識に駆け引きをする。ただこれも切り抜ける術をキョウコは熟知しており、今更緊張するものではない。今回も数分の探り合いが終わり、2人は足取りをお店へと向けた。


カルティークを頼むと、彼は彼女のことについて語り始めた。なんでも仲が良すぎて困ってるらしい(のだとか。なんだそれ。)

「今度クリスマスじゃないですか?彼女何着てくると思います?気合いの入ったワンピースかな。彼女似合うんですよ、ワンピース。あのやつ着てこないかな。まあでも夜になったら全部脱ぐ…」


はあ。幸せそう。クリスマスなんて儀式じゃねえか。なんで恋人同士の祭典になってんだよ。松任谷由実がいけねえんだ。そうだそうだ。山下達郎のせいだ。


「彼女の何がいいの?」

「全部!うーん、相性かな。なんか合うんですよね、感性というか、この前ね、イルミネーション見に行ったんですよ。それで写真撮ったんですけど、それがひどい写真で。なんで花火とかイルミネーションって写真で撮ると平凡なんでしょうね。まぁそれでその写真がなぜか2人ともツボに入ってしまって。この写真を撮るためにこんな時間かけたのかって。ばからしくなっちゃって。一体この電飾をこんな風に撮って何になるんだろうって言って。2人でひたすら笑い合ったんですよ。なんかその瞬間が楽しくて。」


……最高じゃねえか。くそ。


自分も何かないか探したがそんな温かいエピソードはない。ホテルの前で土下座された人なら知っているが。キョウコは目の前にあるカルティークのグラスにつける唇が少し柔らかく見えるように意識した。


ただただ時間が過ぎた。キョウコは自分と世界にある境界線が溶けていく感覚を味わいながら、お酒を進めた。


「まあでも虹色(ネット上の仮名)さん綺麗っすね。彼女いなかったら全然いけますよ。まじで。」

「彼女いるんだから変なこと考えてないでちゃんといろいろしてあげなよ。気が合ってるんだから。」

「わかってますって。どうすか。この後。お店変えて飲み直しません?」

「いいけど・・・」


はあ、なんかうまいこと転がされてるな。でもなんだか悪い気はしない。なかなか好青年じゃん。彼の少し小粒な耳を眺めながらグランデーを回した。


お店を変えて、飲み直した。東洋風の壁紙が薄暗い間接照明で照らされている小さなカフェで。そしてそのまま帰宅の途についた。



あーなんか今日なにがあったんだろ。わかんないや。でもなんか悪くはなかったかも。


次の日またいつものように「いつも」が始まった。ただいつもとは少し違う何かすっきりした気分で。キョウコは左膝にできた痣を少し摩りながら小さく微笑んだ笑った。


「キョウコなんで笑ってんの?うけんだけど!」

「いやいやいや、べつに」

「なんかいいことでもあったの?彼氏できたとか?」

「そんなわけないじゃん!てか私にもだれか紹介してよ!ねえ!」

「もう何人目だよ!」


「いつも」が終わり、京子は家路を急いだ。携帯の振動が足元を揺らす。そういえば冷蔵庫にプリンあったっけかな。昨日冷蔵庫開けたときは奥にまだ一つあったような。まあ大丈夫か。今日は一回で切れるかな。


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