あなたが異世界に行ってもハーレムを作れない9つの理由
ある朝、異世界に転移する夢から覚めてみると、青年の体は真っ白な空間に浮かんでいた。
「ここは何処だ?」
辺りを見回し、背後に見知らぬ女性が立っていることに気づく。
「君は?」
「私は異世界ナビゲーター、あなたを異世界へと案内する者です」
「俺を異世界に?」
「はい。私どもは異世界への移住を希望される方を探し出し、お好みの異世界へと連れて行くことを生業としています。昨日、あなた様の願望を夢という形で確認しましたので、こうしてお迎えにあがりました」
女性は、にこやかに笑う。
「確かに、そういう願望を持ってるけど、タダで行けちゃうわけ?」
「お代は、今いる世界で生きる権利で、前払いになります」
「それって、死ぬってこと?」
「いえ、今いる世界では生活できないということであって、死ぬということではありません。今いる世界で生きる権利を失う代わりに、他の世界で生きる権利を得るとお考えください」
青年は考えた。たいして楽しくもない毎日を送っているのだから、こんな世界での生きる権利なんて捨てて、もっと楽しい異世界ライフを満喫しよう。何も死ぬわけじゃないんだからと。
「よし、わかった。俺を異世界に案内してくれ」
「かしこまりました。では、最初の異世界にお連れしましょう」
青年が連れて行かれたのは、どこまでも続いてそうな草原が広がる世界だった。
「何にもないな……」
「はい、動物のいない異世界ですから」
淡々と答える異世界ナビゲーターに青年はイラッとした。
「せめて人がいる所にしてくれよ」
「かしこまりました。では、次の異世界にお連れしましょう」
青年が連れて行かれたのは、またしても草原が広がる世界だった。
「さっきと同じじゃないか! 何処に人がいるっていうんだよ」
「あなたの足元にいらっしゃいます」
青年が足元をよく見てみると、親指の爪ほどの人間たちが小さな集落を築いていた。
「サイズが違い過ぎるだろ……。せめて、俺と同じくらいの大きさの人がいる所にしてくれよ」
「かしこまりました。では、次の異世界にお連れしましょう」
青年が連れて行かれたのは、石で造られた家が並ぶ世界だった。青年がいた世界と同じような人間が、突如として現れた彼に好奇の目を向けてきた。
「おぉっ! 三度目の正直か。やっと、まともな所に来たぞ、美人もいる! 彼女なんて、アイドル並みのルックスだ!」
青年が目の前の人物を指さすと、異世界ナビゲーターは首を横に振った。
「あの方は男性です。見た目は、あなたのいた世界の女性に近いですが、生殖器は男性のものになります。こちらの世界の女性は、あなたがいた世界の男性に姿かたちが似ています」
「それじゃ、野郎みたいな顔をした女性しかいないっていうのか? せめて、俺がいた世界と同じような見た目の女性がいる世界にしてくれよ」
「かしこまりました。では、次の異世界にお連れしましょう」
青年が連れて行かれたのは、またしても石で造られた家が並ぶ世界だった。青年がいた世界と同じような人間が、突如として現れた彼に好奇の目を向けてきた。
「さ、さっきと同じような……か、体が重い……」
青年は体が重くて、動くのが困難だった。
「さきほどの世界とは違い、女性の見た目は元いた世界と似ています。ただ、重力は元いた世界の倍近くあります」
「こ、こんなんじゃ……歩くのもやっとだ。せ、せめて、同じ重力にしてくれよ……」
「かしこまりました。では、次の異世界にお連れしましょう」
青年が連れて行かれたのは、またしても石で造られた家が並ぶ世界だった。青年がいた世界と同じような人間が、突如として現れた彼に好奇の目を向けてきた。
今度は体が重くて動けないということはなかった。
「普通に動けるけど、なんか頭がクラクラしてきたぞ……」
「こちらの世界は、空気の成分が元いた世界と異なります。現地の方にとっては無害でも、あなたにとっては有害かもしれません」
「俺を殺す気かよ……。せめて、俺が吸っても大丈夫な空気があるところにしてくれよ」
「かしこまりました。では、次の異世界にお連れしましょう」
青年が連れて行かれたのは、またしても石で造られた家が並ぶ世界だった。青年がいた世界と同じような人間が、突如として現れた彼に好奇の目を向けてきた。
今度は体が重くて動けないということも、空気を吸って具合が悪くなることもなかった。
「普通に空気が吸える、体も重くない……ここなら!」
喜んだ青年の目の前で、現地の女性が蜘蛛らしきものを口にする。よく見てみると、串に刺した芋虫のようなものや、紙袋からタガメのような生き物を取り出して食べている人がいた。
「な、何を食ってんの……」
「あなたが元いた世界で言うところの虫ですね。こちらの世界の方は、どんな生き物でも召し上がられます。逆に、あなたが食べていたような食事を、こちらで召し上がるのは不可能です」
「さすがに、あんなのは食えないよ。せめて、元いた世界と同じような食事があるところにしてくれよ」
「かしこまりました。では、次の異世界にお連れしましょう」
青年が連れて行かれたのは、またしても石で造られた家が並ぶ世界だった。青年がいた世界と同じような人間が、突如として現れた彼に好奇の目を向けてきた。
今度は体が重くて動けないということも、空気を吸って具合が悪くなることもなければ、虫を食べている人もいなかった。
「やっと、まともな異世界に来たようだな。こんにちは」
青年は目の前の女性に声をかけてみた。
「○△□……」
女性が何を言っているのか、青年にはサッパリわからなかった。
「あのさ、彼女が何を言ってるのか、わからないんだけど……」
「言語が違いますので当然です」
「普通こういうのって、自動翻訳される魔法とか、そういうのがあるんじゃないの?」
「そのような都合のよいものはございません。あなたは、言語が違う世界で生活する覚悟もないのに、異世界に行きたいと仰ったのですか? 元いた世界では、言葉も通じない地域で頑張られている方もいるというのに……」
異世界ナビゲーターの語気が強くなるにつれ、青年の苛立ちは加速度的に高まっていった。
「もう異世界はヤメだ、ヤメ! 元の世界に戻してくれ!」
「それはできません。最初に、今いる世界で生きる権利を失うと言った通り、もう元いた世界には戻ることはできません」
「それじゃ、俺に、この言葉の通じない世界で生きろっていうのか!?」
「何処を選ぶかはあなた次第です。では、最初の異世界に戻りましょう」
青年が連れて行かれたのは、最初に浮かんでいた真っ白な空間だった。
青年の目の前には、今まで見てきた異世界が、テレビ画面のように映し出されている。中には、元いた世界もあった。
「それでは、これからの世界をじっくり選んでください。私は、これで失礼します」
「何処に行くんだよ!?」
「あなたのいた世界です。これで、ようやく元いた世界に戻られます。それでは、ごきげんよう」
そう言うと、異世界ナビゲーターだった女性は、元いた世界が映し出された箇所に触れ、その姿を消したのだった。
青年の前には、行きたくない異世界を映したものだけが残った。